青木 孝
本研究の目的は、不適切な行動であるはずの「甘え」が受け入れられる理由の一部を明らかにすることである。より条件のつかない愛情や好意を求める欲求からなされる「感情的甘え」は、甘えられる方にも自分が愛情や好意を求められているという満足感が得られるが、自分の置かれた環境を改善するために他者をコントロールしようとする欲求からなされる「操作的甘え」は、甘えられる方は相手の思い通りに動かされることになるためそれほど満足感が得られないという。しかし「操作的甘え」である場合でも、「甘え」を拒否することが甘えてきた相手との人間関係を悪化させるかもしれないということを恐れて「甘え」を受け入れることもあるのではないかと考えられた。そのため、自分に余裕がない時には、ごく親しい、関係が安定した相手に対しては「甘え」を拒否することができるが、それほど親しいわけではない相手に対しては関係悪化を恐れて「甘え」を受け入れやすいのではないかという仮説を立てた。このことを確かめるために、自分にあまり余裕のない状態で、親友や友人の許容の期待を伴った不適切な要求をされるというシナリオを読ませて、その要求を受け入れる程度を聞くという質問紙実験を行なった。独立変数は甘えてくる相手との人間関係の安定性で、親友・家族は安定条件、友人・後輩は不安定条件であった。従属変数は要求受容の程度であり、「とても快く引き受ける」から「きっぱりと断る」までの7点尺度で測定した。シナリオは4種類で親友・家族条件が2種類、友人・後輩条件が2種類であった。要求に対する態度をとった理由、相手との関係の安定性、要求を「甘え」と認知したかということも尋ねた。本実験の結果からは、友人・後輩条件の方が親友・家族条件よりも「甘え」が受け入れられやすいということは言えず、要求の受け入れられやすさでは、親友・家族条件の方が受け入れられやすいという結果になった。その背景として、親しい人の要求は「感情的甘え」であるとされやすい可能性や、親しい人には気軽に見返りを期待できるという傾向が見られた。しかし、シナリオの上での架空の友人や後輩では、人間関係を危惧するまでは至らないと思われるため、実験における友人・後輩との関係の捉え方をより現実的に設定するという改善を行なえば仮説が支持される可能性はあるだろう。また、親友・家族に対する拒否の理由で「仲がいいからこそ断ってもわかってくれる」という、仮説に則した理由も一部ではあるが見られた。「甘え」認知に関する分析からは、相手の行動・要求を不適切であるとみなした場合にその要求を「甘え」であるとみなすという、「甘え」の定義に則したことが一部で示唆された。