養育態度の世代間継承
松山 久美
これまでの先行研究により、養育態度が世代間で継承される、すなわち子が、自分の子に対し、親が自分に対してとったのと同じ養育態度をとることが示されている。そこには遺伝などの様々な要因が存在すると思われるが、ここでは養育態度の世代間継承を遺伝や環境によるものとは区別し、親によって子の自分の子への養育態度が心理的な影響を受ける過程とする。この世代間継承はモデリング理論とアタッチメント理論の2つの理論によって説明されている。モデリング理論によれば、子は、過去の親との相互作用などを通して親の価値観、行動を自らのものにするとされる。アタッチメント理論を用いれば、子は親についてのアタッチメントの内的作業モデルを形成し、この親としての内的表象が、自分の子への態度に影響すると考えられている。本研究は養育態度を情緒的支持傾向、統制傾向に分け、それぞれの世代間継承について、親との現在の関係性によって説明しようとしたものである。親との関係性は、親和傾向と依存傾向の2側面によって捉えられ、まず親の養育態度の情緒的支持傾向が強いほど、子は親へのより強いアタッチメントを築くことができるために親への親和傾向が強まる。それに対し親の統制傾向が強いほど、子の自律性の達成や親との個別化が阻害されるために、親への依存傾向が強まると予想した。そして、親に愛情を感じているほど、子は親と同じ価値観を持ちやすいという先行研究により、親への親和傾向が強いほど親の養育態度と理想とする養育態度とが一致する傾向にあると予想された。また、親への依存傾向が高いほど親への同一化が強く行動の自己規制が弱いために、理想とする養育態度をとりにくく、親により近い養育態度をとる傾向が強いのではないかと予想した。
45歳から60歳の男女429名を対象とした郵送調査を行なった。回答者は、年齢、性別などのでもグラフィック変数の他に、現在の親との関係性(親和傾向と依存傾向)、親の自分に対する養育態度、自分の子に対する養育態度、理想とする養育態度(すべて情緒的支持傾向と統制傾向)について回答した。
その結果、まず親の養育態度の情緒的支持傾向が強いと、子の親への親和傾向が高まり、統制傾向が強いと、男性では親への依存傾向が高まっていた。女性では親の統制傾向は逆に親への依存傾向を低める効果を持っていた。子どもの頃に親の情緒的支持傾向が強く、親へのアタッチメントを形成することができた子は、成長後も親への親和傾向が高いと言える。また、親の統制傾向が強いと自律性の達成が困難になり、親との個別化がなされないために親への依存傾向が高まるが、女性は親の統制に対して反発をより強く持つために依存傾向は弱まると考えられる。養育態度の情緒的支持傾向については、親への親和傾向が高いほど、親と理想の養育態度とが一致し、親への依存傾向が高いほど、自分が理想とする養育態度をとることができず、親の養育態度を継承しやすいという結果が得られた。親と親和的であるほど、親の価値観を好ましいと思うようになり、依存的であるほど、親との個別化がなされていないためにモデリングによって親の養育態度を自分のものとするため、理想とする養育態度をとることができなくなるのではないかと考えられる。これは親子関係、さらには親との心理的離乳段階を親和と依存、あるいは独立という2軸でとらえた類型を、養育態度の世代間継承についても用いることが有効であることを示唆するものである。しかし、本研究では親和傾向と依存傾向が独立した2軸ではなく、高い相関が見られたため、このモデルの妥当性を確かめるためには、さらなる研究が必要であろう。また、統制傾向については、このモデルを支持する有意な結果は得られなかったため、情緒的支持傾向とは異なるメカニズムが存在する可能性が考えられる。しかし、有意ではなかったものの一致する傾向は見られ、統制傾向の継承メカニズムの解明は今後の課題であるといえる。いずれにせよ、情緒的支持傾向、統制傾向共に、親から子への養育態度の世代間継承は、本研究においても確かめられた。