刀根 令子
地方自治体が中心になって積極的に行った彫刻設置事業によって、住民にとっての「潤いのある街」は実現しただろうか。彫刻公害という事態が何故起こるのか。見たいか見たくないかという各々の意志に関わりなく、彫刻作品を日常的に目にしている住民はその作品の一体何を見、何を思っているのか。都市の生活者として、彫刻設置事業の受け手である住民が実際にどのような評価をくだしているのかを社会心理学的な視点から解明することを目的に研究を行った。
本研究では、対象物としてのパブリックアートそのもの、パブリックアートを評価する人間、事業の主体が何であるか、の3つの視点から仮説を設定した。調査対象として立川市にあるファーレ立川地区内のパブリックアートを用いた。街頭での事前調査の後、立川市の有権者名簿から無作為に抽出した800名に対し郵送調査を行った。回収率は39.3%であった。
好意度の異なる2つのパブリックアートの様々な要因について比較したところ、そのパブリックアートが街に個性を与え、街の景観に貢献していると認知されているほど好意度が高く、一方実用性がなく、芸術的価値も低いと認知されるほど、好意度が低いと分かった。またパブリックアート好意度には、性別の効果が大きく作用することもわかった。しかし本調査ではどんなパブリックアートが好まれるのか、という問いには明確な答えを出すことができなかった。
立川への愛着度に加え、芸術関心度と設置場所認知度、性別、学歴、年齢を投入して、パブリックアート好意度を従属変数とした重回帰分析を行った。その結果、芸術関心度や設置場所認知度を統制しても、立川への愛着度が有意な説明力をもつと分かった。したがって、立川への愛着度が芸術関心度や認知度に関わらず、パブリックアートに対する好意度に大きな影響を及ぼしているという仮説は支持された。
また、企業・役所に勤務する人の中で、勤務地が立川市外にある群に比べ、勤務地が立川市内の群のパブリックアート好意度が有意に高かったことから、立川への関わりの度合いの強さが好意度に影響しているといえる。つまり、パブリックアートが立川の街にかかわるものだと認知していることと同時に、その人がどの程度立川に関わっているかがパブリックアートに対する好意度を左右したということができる。
芸術への関心がパブリックアートへの態度に影響を与えたかどうかを検証するため、芸術関心度が高い群と低い群に分け、パブリックアート好意度について2群の分散比のF検定を行ったところ、有意という結果が得られた。このことから芸術関心度が高い群は低い群に比べ有意に分散が高いと言え、芸術(美術)に対する関心が高いほどパブリックアートに対する評価がばらつくという仮説は支持された。芸術関心度が高い群は低い群に比較すると曖昧な評価はさけ、自分なりの好意度を出来るだけ正確に表現しようとしているといえる。
立川市政への満足度の高低2群のパブリックアート好意度(加算得点)の平均値に有意差はみられなかった。また、まちづくりへの態度(行政主体のまちづくりを肯定するか、市民主体のまちづくりを肯定するか)とパブリックアート好意度の相関係数を算出したが、有意な値ではなかった。したがってこのアート計画の主体が何であろうと、事業の結果に対する市民の態度は変化しないといえる。これは、行政主体の事業に対する住民の消極的な受容を示唆するものともいえるが、それは同時に本来の目的である「まちの潤い」が住民の感覚にあまり捉えられていない可能性を示すものでもある。
彫刻を設置する側の課題として、「街に潤いを」といった文化的目的を達成するためには、住民の意識を高めることが重要であるといえる。その土地や歴史や住民といった様々な要因を考慮してもっとも適した手段を講じるために、まちづくり事業の主体は、住民との間に事前事後のコミュニケーションをもつべきである。