日本人の男らしさ・女らしさ―日米比較からの検討―

礒 みず穂

 男らしさ・女らしさの捉え方は、時代の変化に伴い大きく変わってきているように思われる。絶対的基準である「男」に対して、付随的に「女」が存在するという考え方から(e.g.ボーヴォワール, 1949=1997)、女らしさと男らしさは同等の価値を持つのだという議論が反響を呼び(e.g. Bem, 1974やGilligan,1982)、もはや男らしさ・女らしさと呼びうるものは存在しないとの主張(e.g. Ballard-Reisch & Elton,1992)も現れた。しかし、女らしさや男らしさが存在しないという議論は、結論を急ぎすぎているように思われる。社会全体から男らしさ、女らしさが消え去ったとは、日常生活の中で到底思えないからである。
 本研究の第一部では、Ballard-Reisch and Elton(1992)がBSRI(The Bem Sex Role Inventory)から見出した、"instrumental"、"expressive"と呼びうる二つの特性が、古くから男女の役割の違いを記述する特性として使用されてきた概念と共通であることに注目した。現在でも、男性の方が自分を"instrumental"だと評価し、女性の方が自分を"expressive"と評価するのかどうかを調べた。また、そのような役割規範が存続していると仮定した上で、規範に沿ったパーソナリティを身に付けることによる主観的幸福感の維持が、規範存続に貢献しているのではないかという観点から、"instrumental"、"expressive"各々の特性の高さが、主観的幸福感に与える影響を検証した。
 本研究では同時に、欧米でなされた上記のような研究を日本に当てはめるにあたって、文化心理学の理論を参考に、欧米と日本で異なる予想を立てた。相互独立的自己観を持つ欧米人に対して、相互協調的自己観を持つ日本人は、男性であっても人間関係の和を保つこと、他者の気持ちをくみとることを要求されており、それ故、日本人の"expressive"特性の高さには性差がないだろうと予想した。また、自律的な男性と人間関係重視の女性という構図が強調されるアメリカにおいても、根底にある文化的自己観は独立的なものであるため、アメリカ人女性は"instrumental"特性と"expressive"特性の高さが同じくらいであり、両特性とも主観的幸福感に影響を与えているだろうと考えた。
 分析には、1992年から1993年にかけてデトロイトと横浜において行われた「人間関係と精神的健康:ライフコースをとおして」(Social Relations and Mental Health Over the Life Course )のデータを用いた。
 結果は、日本男女に"expressive"特性の性差が見られたものの、"instrumental"特性の差やアメリカ人で見られた性差よりは小さく、仮説の方向性は間違っていなかった。しかし、"instrumental"特性と"expressive"特性の高さは、相互独立的自己観の存在が前提とされているアメリカにおいても、"expressive"特性の方が高かった。また、文化的自己観を考慮した主観的幸福感(使用した尺度はCES-D)への影響は、性役割からの予想しか影響関係が見出されなかった。

 第二部では、以上のような結果となった反省点を改めるべく、"instrumental"特性と"expressive"特性はあくまでBSRIという本来性役割を測るために作成された尺度から抽出されていることから、文化的自己観の理論を尺度により反映させることを目的とした。そのようにすることで、アメリカで作成されたBSRIでは表しきれない日本男女のパーソナリティ特性の違いを明確にすることも意図した。具体的には、相互独立的自己観と関係の深い「自己作動性」、対人的な"instrumental"特性を示す「対人作動性」、人との情緒的つながりや、人への積極的な働きかけを示す「積極的関係性」、自己抑制的な対人関係維持を促進する「消極的関係性」の4概念でのモデルを作成した。また、主観的幸福感の尺度として精神的健康感ではなく、より長期的で包括的な人生幸福感を表す尺度を考案した。
 2001年10月に東京都大田区において郵送調査を実施した。
 モデルを検証したところ、「消極的関係性」の部分に問題が見つかった。特性の自己評定の性差では「自己作動性」、「対人作動性」は男性の方が、「積極的関係性」、「消極的関係性」は女性の方が高いという結果になった。男性の人生幸福感の高さに影響を与えている特性は「自己作動性」、「対人作動性」、「積極的関係性」であり、女性の人生幸福感の高さに影響を与えている特性は「積極的関係性」のみだった。関係性の概念などについて、さらなる検討が必要といえる。