中性的身体志向と性役割の関連
平山 亮
本研究は、今日の若者の間でしばしば見られる、体型・体つきや服装などにおける身体の性別化を曖昧にするような傾向を「中性的身体志向」と定義し、性役割との関連を念頭に、それを促す要因をはじめとする3つの仮説を立て、検討したものである。
仮説を立てるにあたって、性別に関する身体的志向について、先行研究から3つの重要な知見を得た。「男性性」「女性性」といった性役割が身体的志向に結び付いていること、身体は性役割に関する自己概念の表現媒体となり、性別に関する意識が身体的志向に影響すること、そして身体的志向におけるジェンダーフリー化社会に応じた変化である。
これらのことから、「中性的身体志向」はジェンダーフリー化への適応形態のひとつであり、自分とは異なる性別の性役割を身につけることで促されるという仮説、また、身体像の多様化が進むなかで外見的なジェンダーの逸脱を忌避するために、性別に対する所属意識が自分の性別を承認してくれる同性の他者の視線への意識を促すという関連が生じ、「中性的身体志向」はそれを強化するという仮説、さらに性役割において「両性的」であることが適応的であるとの知見に基づき、「両性的」な「中性的身体志向」の場合が最も心理的に安定しており、他者の視線に対する意識を抑えるという仮説をそれぞれ考えた。
仮説の検証は、東京都中野区に在住する20歳から39歳までの男女を対象とした、質問紙を用いた郵送調査によって行った(有効データ数185)。
女性の場合、「中性的身体志向」の要因に関する仮説は概ね支持された。「男性性」は「自分は女性である」という「自分の性別に対する所属意識」を抑えることで「中性的身体志向」の促進因となり、「女性性」は「自分の性別に対する不満」を抑えることで抑制因となっていた。「ジェンダーフリー化に対する認識」も「中性的身体志向」を促していたが、その効果は仮説のように性役割の習得を媒介するものではなかった。性役割の習得は、発達におけるより早い過程において為されるためであると考えられる。
また、女性の場合、「中性的身体志向」が同性の他者からの視線への意識を抑える効果を持っていた。先行研究にも見られるように、中性的であることが社会適応的であるために心理的にも安定し、そのため他者の目を意識しなくなるのだと推測される。
一方、男性の場合においては、仮説を支持する結果はおろか、「中性的身体志向」の要因などに関して今回用いた概念との関連はまったく見られなかった。男性の場合、「中性的身体志向」は性役割や性別に関する意識などによるものではないということになる。
「中性的身体志向」をめぐる検討の結果における上のような顕著な性差に関する解釈は次のように考えられる。まず、先行研究との比較などから、「中性的身体志向」のような性別に関する身体的志向と性役割や性別に関する意識が結び付く前提として、「男性性」「女性性」といった性別化された性役割の体系が意識の上で形成されていること、そして、そのような性別化された役割体系などの既存の性別秩序について不満や問題を抱えていることが推測された。そして、それをもとに以下のような、主としてふたつの視点からの説明が考えられた。
ひとつは性役割と発達の視点からの説明である。先行研究より、女性は男性に比べ、性役割の受容や社会化をめぐって、社会構造的に役割葛藤などの多くの問題を経験させられることになることが分かっている。このように、女性は性別の問題が意識に上りやすいために、性別に関する意識が身体的志向と結び付いている、とする説明である。
もうひとつは文化的視点からの説明である。相互協調的文化に属する日本では、関係を重んじる「女性性(とされる性質)」を男女を問わず求められる。性役割としては「男性性」を求められる男性は、結果的に両方の性役割を求められる。したがって性別化された性質というものが女性ほど意識されておらず、「中性的身体志向」の要因として、「性役割」が“性役割として”機能していなかったと考えられる。