消費行動と感情の結びつきは様々なアプローチが可能であるが、本研究では「ムードの効果」とよばれる理論に注目した。本研究の目的は、ムードの効果の理論を購買意思決定プロセスに適用し親和性を確認すること、また実験による実証が主であったムード研究が郵送調査によるより現実的なデータにおいても支持されるか否かを確認することであった。具体的には、Forgas(1995)の「感情混入モデル(Affect Infusion Model:AIM)」が示す以下の2つの効果を購買意思決定時の情報探索に適用した。
効果1)ムードの正負によって周辺環境を好ましく、あるいは警戒すべきものと認知する。
効果2)ムードの正負に関わらず感情が高まると認知的キャパシティが制約される。
仮説の前提として、商品情報は、客観的で商品に直結する「本質的情報」と他者を媒介し必ずしも客観的でない「周辺的情報」という二面的な下位概念をもつと仮定した。この前提に従い、効果1に対応する仮説1と効果2に対応する仮説2をたてた。
仮説1)正のムード状態では周辺的情報を探索しやすく、負のムード状態では本質的情報を探索しやすい
仮説2)ムードの正負に関わらず強い感情が喚起されていると全体的な情報探索が少ない
調査は東京都大田区の20〜69歳の有権者800人を対象に郵送質問紙調査によって行われ、過去の購買体験を想起する形式で回答を得た。感情状態は、正感情5項目・負感情5項目の感情語がそれぞれ購買前の自分にどの程度あてはまるかを4件法で測定した。
その結果、正のムード状態から周辺的情報探索への効果が確認されたが、負のムード状態から本質的情報探索への効果は確認されなかった。したがって仮説1は正のムードについてのみ支持された。負のムードについては、負感情項目の分布の歪みが原因と考えられる。また探索的に、探索した情報源の信頼度を媒介変数としてパス検定を行ったところ、信頼度は本質的・周辺的情報探索の両方へ正の効果があり、仮説と沿わない結果であった。
仮説2については、感情項目の中で「非常にあてはまる」と回答した項目が1つ以上あるか(高感情群)、1つもないか(低感情群)によってデータを二分し、群間での情報探索を比較したところ、高感情群の方がより情報探索が多かった。したがって仮説2とは逆の結果であり、仮説は支持されなかった。このことから、「効果2」が現れるほどの強い感情は購買状況では喚起されないという示唆が得られた。
また探索的仮説として商品の親近性・重要性・コストといった商品特性変数をAIMにあてはめ、「親近性が高く重要性が低いと全体的な情報探索がされにくく、ムードの効果がみられない」「商品が高額だと本質的情報が探索されやすく、ムードの効果がみられない」といった仮説をたて検証した。その結果、前者の仮説は重要性については支持されたが、親近性と重要性の相関が強かったために親近性については仮説と逆の結果が出た。またムードの効果が消滅することも確認された。後者の仮説は情報探索については支持されたがムードの効果の消滅は確認されなかった。このことから、商品が高額だと慎重な検討をするという効果はムードの効果と共存しうるものであるという示唆が得られた。
以上より、AIMと購買意思決定は部分的に親和性があることが確認され、本質的・周辺的情報の下位概念が別個の影響を受けていることも裏付けられた。しかし支持されなかった仮説2やデータによる示唆から、意思決定プロセス全般における購買プロセスの特異性が強調される結果でもあった。今後の展望としては、妥当性の高い感情を測定するために追跡調査等を試みること等が考えられる。