日本の総人口におけるインターネットの普及率が初めて60%を超え、メールやチャットといったCMCが広く普及し始めている。こうしたCMCの中でもチャットは、メールとは違い対面状況と同様の即時性という特徴を持っているが、対面状況とは異なり、チャンネルの少ないメディアである。また、CMCの持つ視覚的匿名性という特徴により、身振りなど非言語的手がかりが失われることで、しばしば誤った印象が形成されることが指摘されてきた。しかし、これまでのCMCにおける印象形成に関する研究では、メッセージの具体的な内容などと形成された印象を関連させたものなどが多く、実際に初対面の人同士でCMCを行ってもらい、個人の性格特性とCMCでの発言傾向や相手から抱かれる印象を関連付けた研究はほとんど見られなかった。また被験者間における比較を行った実験が多く、被験者内でCMCとFtFを比較した実験というものもあまり見られなかった。そこで初対面同士でペアを組んでCMCとFtFを行い、それぞれの場合で性格特性が印象形成に対してどのように影響をおよぼすかを検証し、またCMCとFtFでは同じ被験者でも印象形成のされ方に違いがあるかを検証する目的で今回の実験を行った。
被験者は、東京大学在学中の学部生および大学院生60名(男性40名、女性20名)で、この60名を同性のペアとして30組にわけ、CMCでの会話を先に行うCMC→FtF条件と、FtFでの会話を先に行うFtF→CMC条件、そして統制群として1回目2回目ともにCMCでの会話を行うCMC→CMC条件という3つの条件にランダムに振り分けた。被験者には最初に性格特性に関する質問紙に答えてもらい、その後ペアでCMCとFtFでの会話を行ってもらった。1回目と2回目の会話の後には相手に対する印象と好意度を回答してもらった。
この実験の結果から、次のことがわかった。
・ CMCはFtFに比べて相手からの印象や好意度が低くなる傾向がある。
・ CMCを行った後でFtFを行った場合、印象や好意度がポジティブに変化し、FtFを行った後でCMCを行った場合には、印象や好意度があまりポジティブに変化しない。
・ 公的自己意識が高い人はCMC→FtFの順でコミュニケーションをとった場合、相手からの印象がポジティブ方向に大きく変化する。
・ CMCにおいては特性シャイネス傾向が低い人ほど発言文字数が増加し、FtFでは社会的スキルや社会的外向性が高い人ほど発言文字数が増える傾向がある。
・ CMCでは発言文字数が多いほど相手からの印象や好意度が高くなるが、FtFの場合はこうした傾向が見られない。
本研究の結果、視覚的匿名性を特徴とするCMCは、対面状況に比べてチャンネルが少なく、相手から抱かれる印象が変化しやすいという特徴を持つことと、性格特性そのものが印象形成に直接影響を与えるわけではないことがわかった。これは性格特性による影響がCMCとFtFの会話場面では異なるということを示唆する結果であった。 しかし過去の研究において、十分な会話時間を設けることによってCMCの持つ本質的な欠点である視覚的情報の欠如が乗り越えられ、対面でのコミュニケーションと同様の関係性を持つことが出来る(Walther、1995)ということが明らかにされており、今回の実験ではCMCで5分間の会話という会話時間の短さによってCMCとFtFにおける違いがもたらされたことも考えられる。そのため、CMCでの十分な会話時間を設け、そのうえで性格特性と印象形成との関連性を明らかにすることが今後の課題となるだろう。