私たちの周囲にいる人々を観察してみると、一人一人対人関係の築き方や保ち方が異なっていることがわかる。対人関係の個人差がどのような仕組みで生じるのかについて出された一つの理論が「アタッチメント理論」である。アタッチメント理論の中核をなす理論として「内的作業モデル」というものがある。内的作業モデルとは、アタッチメント対象との関係を通して形成される主観的自己観および他者観であり、これは幼児期に形成され、その後の人生を通じて変化しながら個人の対人関係の基盤となるものだと考えられている。この主観的自己観および他者観の高低によってアタッチメントスタイルが決定される。主観的自己観および他者観が共にポジティブな人は安定型、共にネガティブな人は不安型、前者がポジティブで後者がネガティブな場合は拒否型、前者がネガティブで後者がポジティブな場合は没頭型のアタッチメントスタイルを持つと言う。
このアタッチメントスタイルを測定する方法として主に用いられているのがアタッチメントスタイル尺度を用いた質問紙調査であるが、質問紙調査は回答者が意識的に自分の対人関係の在り方を振り返って回答するものであるため、自己呈示や自己欺瞞の影響を免れることができない。一方で内的作業モデルは幼児期に形成されるものであるため、意識的に形成されているとは考えにくく、潜在意識的な部分に形成されている可能性が高い。そのため、内的作業モデルを、意識的に回答する質問紙調査によって適切に測定できているのかという疑問が上がっていた。
そこで本研究では、アタッチメントスタイル尺度の妥当性を高めることを目的とし、潜在的態度の研究に用いられるthe Implicit Association Test(IAT)を用いて潜在的な主観的自己観および他者観を測定し、それをアタッチメントスタイル尺度によって測定される顕在的な主観的自己観および他者観と比較するという手法をとった。IATとアタッチメントスタイル尺度を比較することによって、IATの妥当性を高めるという目的もあった。
仮説は以下の通りであった。
アタッチメントスタイル尺度によって測定される顕在的自己観が高く、関係不安が低い人ほどIATによって測定される潜在的自己観が高い。
アタッチメントスタイル尺度によって測定される顕在的他者観が高く、親密性回避が低い人ほどIATによって測定される潜在的他者観が高い。
実験は放送大学の生徒126名(男性13名、女性113名)に対して2回に分けて行った。アタッチメントスタイル尺度としては一般他者版ECRとRQを用いた。IATはpaper and pencil IATを用いた。また探索的研究に使用するため、Rosenberg自尊心尺度も測定しておいた。
分析ではECRから関係不安得点および親密性回避得点、RQから顕在的自己観および他者観、IATから潜在的自己観および他者観、Rosenberg自尊心尺度から顕在的自尊心得点を算出し、それらの相関を調べた。また、Rosenberg自尊心尺度の影響が強かったため、その影響を重回帰分析によって統制した上で、関係不安と潜在的自己観、顕在的自己観と潜在的自己観の関連をそれぞれ調べた。
分析の結果、2つの仮説のいずれも支持されず、一貫して仮説と反対の結果が出た。すなわち、潜在的自尊心が高い人ほど顕在的自己観が低く、関係不安が高いという結果が得られた。この結果に対しては以下のように解釈できる。潜在的自己観すなわち潜在的自尊心が高い人ほど、安定して高い自尊心を保つことができるため、それを外部に呈示する必要がなく、自分の態度や行動に対する顕在的な尺度に回答する際に、自分を良く見せようという自己呈示が働きにくい。反対に、潜在的自尊心が低い人ほど自尊心が安定していないため、顕在的な尺度に回答する際に自己防衛が働き、自分を良く見せようという自己呈示が働きやすいと考えられる。そのため、潜在的自尊心が高い人は自尊心と同程度かそれ以下のレベルの回答をし、低い人は自尊心よりも高いレベルの回答をする。
このように、潜在的自尊心が高い人ほど顕在的尺度に対して比較的低く回答し、潜在的自尊心が低い人ほど顕在的尺度に高く回答するという傾向は、理論的には回答する尺度が自分の態度や行動などに関する全ての場合において適用されると考えられるが、自尊心尺度など謙遜規範や他の社会的規範が強く働くような場合は、それらの規範の影響によってこの傾向が隠れてしまうと考えられる。今後の研究では、謙遜規範などの社会的規範の影響を統制した上で、顕在的尺度と潜在的自尊心との関連を調べることが必要となる。