本研究では、完全主義傾向が自己開示を妨げ、そのことにより抑うつ傾向が強まると考え、自己開示よりも下位の社会的スキルの尺度である対話促進的反応の表出を鍛えることで自己開示を促進させ、抑うつ傾向を低減させる過程について考察した。
完全主義傾向が抑うつ傾向と相関を持つことは先行研究で知られている。完全主義傾向が抑うつ傾向になりやすい性格特性、バルネラビリティと考えられている。完全主義傾向によって自己開示が妨げられることが、抑うつ傾向を強める原因と考えた。そこで、自己開示と同じスキルのカテゴリにあってより簡単なスキルによって自己開示を進めさせ、抑うつ傾向へとつながるパスを切断できないか、と考えた。
自己開示も対話促進的反応の表出も社会的スキルの一部である。しかし、社会的スキルとは広範にわたる概念であり、全てを包括的に考えるのは困難である。抑うつに対して効果が大きいと考えられるのは、自己の個人的な経験や内面を他者に開示する、自己開示である。自己開示によって他者との関係が促進し、また、ネガティヴな内容を開示することによって心理的な負荷が軽減するとも考えられる。
しかし、完全主義傾向の強い人にとってネガティヴな内容を他者に開示することは、自分の不完全性を他者に示すことであり、他者からの拒絶不安などを引き起こすし、真理的な負担が大きく、実行に移しにくいと考えられる。そのため、抑うつを低減しうる自己開示のスキルを上昇させるために、より心理的障壁が低く、容易に行動に移せるスキルを導入するのが現実的だといえる。そこで本研究では、社会的スキルの中でも自己開示より下位の尺度である、「相手の発話に対してうなずく・あいづちを打つ」「相手の発言に対してコメントする」などの対話促進的反応の表出を導入した。自己開示が自分の内面を他者に言語化して表出させるのに対し、うなずく・あいづちを打つといった行動は単純な行動によって実行可能であり、訓練が容易である。
また、こうした行動をとらざるを得ない状況にあれば表出性のスキルが訓練されると考え、集団内でのコミュニケーションの機会の有無を分析に投入した。集団内でのコミュニケーションは「1対1ではなく、多くの人に向かって話す機会がある」「グループでの話し合いの際に、意思表示を求められることがある」というものである。こうした状況に置かれた場合、1対1での会話より多くの表出が求められると考えられる。更に、集団内でのコミュニケーションの機会を得る状況として、集団への所属及び現在の職の有無も分析に加えた。
分析の結果、自己開示に対する完全主義の直接効果が負、対話促進的反応の表出の直接
効果が正、両独立変数の交互作用が正の相関を示した。また、抑うつ傾向に対する完全主義傾向の直接効果が正、対話促進的反応の表出が負、両独立変数の交互作用が負の相関を示した。更に自己開示と抑うつ傾向は負の相関を示した。以上の結果から、完全主義傾向の強い人は自己開示を行いにくく、自己開示を行いにくい人は抑うつ傾向が強いと考えられる。しかし、完全主義傾向の強い人でも対話促進的反応の表出が盛んな人は自己開示を行いやすく、また抑うつ傾向も低いと考えられる。
対話促進的反応の表出と集団内コミュニケーションの機会及び職・集団所属の有無に関する分析では、集団所属の得点と集団内コミュニケーション機会の尺度得点は正の相関を示し、学生・パートを含む有職者は無職・専業主婦と比較して集団内コミュニケーション機会の尺度得点が高かった。また、集団内コミュニケーション機会の尺度と対話促進的反応の表出の尺度は正の相関を示した。以上の結果から、職を持つ人や学生を含む何らかの集団に所属している人は集団内コミュニケーションの機会が多く、集団内コミュニケーションの機会が多い人は対話促進的反応の表出が多いと考えられる。
完全主義傾向が強い人でも、対話促進的反応の表出という訓練が容易なスキルの導入によって自己開示が進み、抑うつ傾向が低減できると考えられる。また、集団に所属し、集団内でのコミュニケーションを行う機会を持てば対話促進的反応の表出が強化されると考えられる。これらの結果から、抑うつ傾向に陥りやすい性格特性である完全主義傾向が強い人でも、自分で訓練可能なスキルの強化、あるいは集団所属という自分である程度統制可能な行動によって、抑うつ傾向を低減することができると考えられる。