本研究は、成人した子供に対する援助に対する社会的許容と人々の意識について分析することを目的とするものである。具体的には、成人した子供に親が援助することに対して現代の人々は許容しているのかどうかを明らかにすること、さらにどのような傾向をもつ人が成人した子供に対する援助を許容するのかを検討することの2点を目的としている。
現代日本社会において、親と同居して、経済的にも家事的な面でも援助してもらいながら生きている若者が増加している。子供が成人した後も親が援助を与えつづけることは、子供の自立心を損ない、働く意志、自分の家庭をつくる意志、子供を育てていく意志が芽生えるのを阻害してしまう可能性が大いにある。成人した子供に親が援助を続けることに対する許容が、深刻化している若年層の失業、フリーターの増加、未婚・晩婚化、少子化といった現代社会の抱える問題を引き起こす要因となっているのではないだろうか。フリーターや若年層の失業の増加・未婚化は、少子化の重大な一因にもなり、日本経済に大きな影響を及ぼす。今後ますます深刻化する高齢社会の負担に関わる課題にも直結するだろう。親に依存する子供が増えたのは、子供側だけの問題でも、親側だけの問題ではなく、このような親子関係を許容する社会的傾向が近年強まっていることが影響していると考えられる。どのような要因によって援助の許容度が決定されるのかを特定することは、若年層をめぐる諸問題の解決、親子関係の正常化に大いに役立つだろう。本研究では、成人した子供への援助に対する社会的許容を生み出す要因として、経済的要因、山田(1997)の指摘する成人した子供に対する「子供のためにイデオロギー」の強さ、多様な生き方に対する寛容性の高さの影響を仮定して、成人した子供に親が経済的、日常家事的な援助を続けることに対する許容傾向との関係性を検討した。また、性別役割規範は日本社会におけるひとつの大きな特徴と考えられ、それが親子の援助関係に対する許容態度にも強く影響していると考えられるため、本研究では、性役割規範の強さが男性への援助に対する許容傾向と女性への援助に対する許容傾向との間にどのような差をもたらすのかという点にも着目した。
このような観点から、以下の4つの仮説を設定した。仮説1.成人した子供に対して「子どものために」イデオロギーが強いほど、成人した子供に対して親が援助することを許容する。仮説2.多様な生き方に対して寛容であろうとする意識が強いほど、成人した子供に対して親が援助することを許容する。仮説3.経済的余裕があるほど、成人した子供に対して親が経済的援助をすることを許容する。仮説4.性役割規範が強い人は、女性の子供に対しては経済的援助のみを、男性の子供に対しては日常家事的援助のみを許容する。
仮説検証のため、2004年10月〜11月に大田区選挙人名簿から無作為に抽出された20歳から69歳までの男女800名を対象とした郵送調査を行った。その結果、子供の性別による許容度決定要因のちがいはみられず、子供が男性の場合も女性の場合も、「子どものために」イデオロギーによって許容度が規定されていた。「親は子供のために尽くすべきだ」という社会的プレッシャーと、子供に尽くすことがアイデンティティとなっている親の「貢献欲求」が、自分の子供のみならず、他人の親子関係に対しても、援助を許容する傾向を生んでいるといえる。子供のいない若年層でも成人した子供に対する「子どものために」イデオロギーが許容度に影響を与えていたことから、「子どものために」イデオロギーが世代間で継承され、親が子供に尽くすのは当たり前だという考え方がパラサイト・シングルなどの社会的許容、増加に大きく関わっていると考えられる。
一方、仮定していた性役割規範による子供の性別における許容傾向のちがいはみられず、親子の援助関係においては、女性の子供も男性も子供も、「子ども」として同等にみなされていることがわかった。しかし性別役割規範は、日常家事的援助において母親による援助と父親による援助の許容にちがいをもたらしていた。母親による日常家事的援助の許容には「子どものために」イデオロギーのみが決定要因といてはたらいていたが、父親による援助の許容には「子どものために」イデオロギーの他に、経済状況と性役割規範の影響がみられ、経済状況がよいほど、また性役割規範が弱いほど父親による日常家事的援助に対して許容度が高くなるという結果を得た。これは「家事育児は母親の仕事」という母親役割観が根強く、母親による援助の場合は性役割規範が弱くても、また経済状況がよくてもその母親役割観に変化は生じにくいため、援助の許容は性役割規範や経済状況の影響を受けにくいが、父親の場合「父親は家事育児をしないもの」という父親意識がもともとあるが、性役割規範が弱いと「父親も家事育児に参加すべきだ」という意識が生じる可能性が強いため、性役割規範の強弱が父親による援助の許容度に影響するといえる。経済状況の影響については、経済状況がよいほど父親の家事育児参加の必要性についての知識・意識をもっていると予想でき、それが援助の許容度に影響を与えていると考えられるが、質問項目に問題点も多く、経済状況と許容度の関係を明らかにするには、質問項目を改善し、新たな変数を設定したさらなる研究が必要といえる。
経済状況は、成人した子供に対する経済的援助の許容に影響すると仮定していたが、その影響はみられなかった。親が子供に尽くすことが当然とみなされている現代社会においては、経済状況によって親子の援助関係に対する態度が決まるのではなく、親子のあり方をどのように考えているのかというイデオロギーの方が経済的援助の許容に強く関係してくるといえるだろう。多様な生き方への寛容性は援助の許容に影響を与えていなかった。
本研究により、「子どものために」イデオロギーが援助の許容に強く影響していることがわかった。子供のために尽くす親に育てられた子供はそのイデオロギーを引き継ぎ、成人しても援助を受けることに対して「おかしい」と考える傾向が弱まり、ますます成人した子供に援助することを許容するようになるというサイクルが予想される。また、経済的余裕が生まれたことや性役割規範の弱化という社会のプラスの傾向が、逆にストッパーをなくし、両親がそろって際限なく子供に援助することを許容する社会を生み出している要因となりうることが示された。現状では経済的援助、日常家事的援助に対する許容度はともに低いが、成人した子供に対する「子どものために」イデオロギーをはじめとした、許容度を決定している人々の考え方に変化を起こさない限り、親から援助を受けて生きる未婚親同居者は増加する一方だろう。若年層をめぐる諸問題を解決するためにも、本当の意味で「子どものために」なる子育て、親子関係のあり方はどのようなものなのかを考え直す必要があると結論できる。