非正規雇用者が急増している中,雇用形態選択過程における社会心理的な側面を実証的に研究したものは少ない.多くの見解は「正社員の採用が厳しく,入職が困難であるため,やむを得ず非正規の仕事についている」,「時間が自由になる非正規雇用を自発的に選択している」という二つの理由が別個に存在している,と述べるのみである.本研究では,後者の「時間の自由さを重視して,自発的に非正規雇用を選択している」という見解の問題点を社会心理的に明らかにする.
また,女性非正規雇用者の仕事満足度は男性正規雇用者などと比べて決して低くないことが知られている.このことから,「自発的に選択しており,仕事に満足しているのだから,そこに問題は存在しない」とする研究がしばしば見られる.
理論編において,まず非正規雇用の増加の現状,非正規雇用という働き方の実情を概観した上で,さらに,「本人が満足している」ことと,「自由に選択している」ということはイコールでつなげず,本人が満足していたとしても,選択が強力な社会的制約の中で行われていることもありうる,ということを示した.
さらに,理論編の妥当性を示すため,「女性において,婚姻することによって『家事負担,育児,介護等の家庭責任』,という社会的制約が生じ,その結果「仕事の時間を自由に選択できること」を仕事選択の際に重視するため,非正規雇用の仕事を選択している,という構造が存在する」という仮説を立ててデータ分析を行った.
NHK放送文化研究所が参加,及び日本での実施を行っているISSP,International Social Survey Programmeの1997年実施の調査「Work Orientations 職業意識」の調査データから,日本のデータを抽出して使用した.有効回答数 1226人(回答率68.1%)
の中から,60歳未満でかつ雇用者を抽出して分析した.この結果、分析対象は,男性229人,女性241人となった.雇用形態が正規雇用か非正規雇用か、という点について,「労働時間の絶対的短さ」「職場においてパート・アルバイト等と呼称されている」「1年以内の雇用契約期間の定めがある」の3つの定義を用いた結果,男性正規雇用者186名,男性非正規雇用者43名,女性正規雇用者132名,女性非正規雇用者109名の分布となった.男性の非正規雇用者の把握に問題があったため,分析の対象から除き,男性正規雇用者,女性正規雇用者,女性非正規雇用者の3類型で把握し検討した.
仮説モデルの検討の結果,仮説は支持された.さらに,女性であるというだけでは時間の自由さを重視しているということはなく,あくまでも性別役割分業観に基づいて女性に家事負担が生じることによって,時間の自由さを重視することが明らかとなった.
このことから,「自発的に選択していて,満足度が高くとも,その選択の背後には強力な社会的制約が存在している」場合がある,ということが示された.今回のデータでは男性の非正規雇用者について検討することができなかったので,今後の課題となる.