本研究では、直接体験することの出来ない、社会的現実を把握するための擬似環境として、私たちが日常的に意識している「世間」という概念の規模について取り上げた。中でも、あいまいな文化的概念としてではなく、世間というものが果たしてどのような規模の「擬似環境」として捉えられているのかについて、環境の把握のために必要な情報の受容とその認知の面から検証した。私たちが情報を受容する上での情報環境としての「世間」という存在を、直接的に触れられる、対人的コミュニケーションによって成り立っている「狭い」環境と、マス・コミュニケーションの供給する情報によって把握できる、自分の生活範囲を超えた全国規模の「広い」環境の2つの側面から定義した。そして、その両者が並列的に意識に上ることで、どちらの定義によっても世間というものが把握されており、また状況によって、どちらの概念によって捉えられるか変化しているということについて、検証を試みた。
具体的には、メディア効果研究の1つである、マス・メディアが受け手に対して「何が争点なのか」という認知において影響を与えるという議題設定機能の理論にあてはめて検証を行った。情報の受け手にとっての争点認知である受け手議題に着目し、その中でも「世間でどの程度争点が重要視されているのか」という世間議題を、世間把握の基準とした。そして、「他人との会話で、どの程度その争点が話題として上るのか」という対人議題、「マス・メディアでどの程度、その争点が強調されて報道されていると思うか」という概念である知覚されたマス・メディア議題の両方が、世間議題に対して有意な影響をもたらしているかについて作業仮説を立て、検証した。従来の議題設定機能仮説は、マス・メディアから直接的に受け手の争点認知に与えている影響を見るものであったが、本稿の仮説ではむしろ、2次的なメディアの影響として、対人コミュニケーションで話題に上るかどうか、メディアから直接影響を受けるかどうか、といった要因がいかに機能しているかに着目したのである。つまり、対人コミュニケーションという情報取得の具現化としての対人議題、マス・メディアの2次的影響として知覚されたマス・メディア議題を利用した。
また、上記の世間概念をさらに強く確かめる為、情報受容姿勢、私生活志向傾向といった随伴条件を設けて、よりどちらかの「世間」を意識している条件分けを行い、仮説が正しいかどうかを確かめた。仮説の検証には、20歳以上69歳以下の男女を対象に郵送調査を行なった。議題設定効果を確かめる争点としては、郵政民営化、パキスタンの地震、日中の外交問題、というトピックスを使った。
その結果、日中の外交問題という争点にとどまるもの、世間概念の把握に際して、対人コミュニケーションとマス・メディア双方の情報が利用されていることがわかった。また、3争点全体で分析を行なったところ、同様に基本的な仮説は検証された。
全体的に、ほとんどの争点、条件下で対人議題の影響が強く、安定して存在したのに対し、知覚されたメディア議題の影響力は争点別に限定的で、弱かった。しかも、その中では期待通りの議題設定効果を示した新聞に対して、テレビは完全に負の議題設定効果を示した。知覚されたマス・メディア議題の測定には、自分のメディアから受ける影響を少なく見積もろうとする「第3者効果」の影響の制御、及びテレビと新聞との信頼感の違いなどを含めた、受け手内の複雑な知覚プロセスをさらに検討することが必要だと考えられる。
また、2つめの発展的仮説検証においては、私生活志向傾向、対人コミュニケーション頻度といった随伴条件は、対人議題の影響力を安定的に高めた。従って、これらの条件が強化している、対人コミュニケーションによって構成される「狭い」世間知覚が成立しているという、本来の仮説を示す結果となった。一方、メディア視聴頻度は随伴条件として機能せず、新聞、テレビの両方とも、視聴量の高い人が近くされたマス・メディア議題の効果を強く示す結果は得られなかった。
総じて、「世間」概念の把握において、対人コミュニケーションの影響は強く、逆に、予測に反して、マス・メディアの影響が弱く測定されるという結果になった。マス・メディアからの情報を受容したその先、それを知覚して、自分の「世間」概念把握に取り込んでいく具体的な認知的プロセスをさらに検討していくことが期待される。