「高齢男性の夫婦関係が地域関心に及ぼす影響」

石毛陽子

日本社会の高齢化が進み、平均寿命が延びている。元気な高齢者が増えた結果、高齢者が生きがいを保ち幸福に年を重ねていくためには、ただ健康であるのみならず、社会参加、さらには地域参加が不可欠だというサクセスフル・エイジングからの認識がもたれるようになった。社会参加は高齢者への社会的サポートの提供源となり、また主観的幸福感を高める役割を果たす。中でも、行動範囲が徒歩圏内である高齢者にとって、地域はもっとも身近なサポート源であり、さらに友人を作り社会関係を広める役割を果たす。しかし、男性の場合、定年退職後に地域に順応できない場合が多い。なぜなら、「男は仕事、女は家庭」という規範のもとで会社中心の社会関係を築いてきた男性にとって、地域とは未知なる領域であり、途方にくれてしまうからである。しかし、社会関係は個々で完結しているものではなく、本人・家族・親族・地域と同心円状に広がりを持つものである。男性も、特に現役時代は最初から地域にアプローチするのは負担かもしれないが、身近な社会関係を豊かにすることから地域社会関係の構築に広げていくことも可能かもしれない。そうすれば、現役時代からスムーズに地域に溶け込むための対策を取ることができる。果たして、それは可能なのであろうか。また、そのためには何をするべきなのか。そこで、本研究では、高齢男性の地域参加を促進することを目的とし、高齢男性の地域関係と地域参加に影響を及ぼす因子を探索した。

調査は、埼玉県川口市の高齢男女880人を選挙人名簿から無作為二段抽出法によって抽出し、調査票を郵送して行った。サンプル数880のうち、回収された調査票は315で、回収率は35.8%であった。データの分析には、統計パッケージSPSSを用いた。回答者は男性202人(63.7%)女性 112人(35.3%)であり、そのうち68.8%の男性、40.2%の女性が仕事についていた。

まず、地域関心が高まれば地域活動への参加も増えるだろうという前提の下、地域関心を規定する要因を検証した。その結果、男女ともに、地域において多くの人と深い関係を築いているほど地域関心が高まるということがわかった。一般的に地域社会関係が豊かであれば、地域に関する情報を交換でき、また地域に対して愛着がわくために関心が高まるのであろう。男性は職場が川口市内にあることも影響を与えていたが、これは郊外から都内に通勤するサラリーマンは、やはり地域関心を抱きにくいという現状を示している。



では、地域関係を豊かにする要因は何か。Knupfer (1966)は、男性は新たな人間関係を築いて維持する能力に乏しく、夫は自分の気持ちを代弁し、人間関係を円滑にしてくれる専門家としての妻を必要としている、と述べている。つまり、男性の社会関係の構築において妻は助けとなることができるのである。また、E.Bott(1971)は夫婦役割―ネットワーク仮説で、夫婦の関係が流動的で協力して行う労働が多いと、必要とするサポートの種類と提供源も重なるので夫婦間で社会関係が共有されると述べている。
以上のことから、地域社会関係が乏しい男性は定年後、妻の地域社会関係を共有し地域社会関係を再構築することが必要で、それがうまくいくかどうかには夫婦の関係の築き方が関わっていると考えた。そして、共行動が多く情緒的つながりの深い夫婦において、夫の地域関係が豊かになるという仮説を立てて検証した。
その結果、仮説どおり、男性においては夫婦関係が良い(共行動・情緒的つながりの数値が高い)と地域関係や関心が高まるということがわかった。特に、夫婦間の共行動が多いほど地域社会関係・関心が高まり、その効果は、社会的スキルが高い人にも低い人にもあることがわかった。
一方、女性の場合は夫婦関係がそのまま地域関係や関心に反映されることは無かった。その理由として、女性は元来子育てや家事の過程で地域への接触機会が多く、そのため、地域関係の構築は「人付き合いが得意かどうか」などの本人の特性に左右されるからではないかと推測した。

以上の研究結果をまとめると、次のようになる。地域関係が豊かであれば地域関心は高まる。しかし、会社勤めによって地域への接触機会が少ない男性は、地域関係の構築を妻の社会関係に依存する傾向がある。その際、夫婦で一緒にいる時間が長く、共に行動する機会が多いと男性は妻の社会関係を取り込みやすくなり、地域関係が広がり地域関心が増すのである。

男性が定年退職を見据えて自分の社会関係を見直したとき、急に地域関係を構築しようとしてもうまくいかないかもしれない。しかし、夫婦で共にいる時間を増やすことなら取り組みやすいし、現役時代からも可能である。夫婦間の共行動が増えれば、そのつながりは地域にまで派生する。その結果、男性が定年後も豊かな社会関係を維持し幸せな老後生活を送る手助けになるかもしれない。