2004年の総務省の発表により、日本の総人口におけるインターネットの普及率は初めて60%を超え、翌2005年には62.3%となり、増加率は鈍化傾向にあるものの、依然として増加を続けている。こうしたインターネットの普及に伴い、メールやチャットといったCMCもまた広く普及し始めている。このCMCの中でもチャットというコミュニケーションメディアは、対面状況と同様の即時性を持ったメディアあるという点でメールとは異なっている。しかし、対面状況や電話などに比べチャンネルが少ないメディアであり、また視覚的匿名性が確保されているため、身振りや相槌をはじめとした非言語的手がかりが失われることになる。そのため、しばしば相手に誤った印象を与えることが指摘されてきた。また、対面状況に比べてCMCでは印象の形成が困難であることも指摘されている。そこで本研究では、初対面の人同士に実際に対面とチャットで会話を行ってもらい、非言語的手がかりの有無が印象形成や会話量にいかなる影響を与えるかを検討するとともに、個人の持つ性格特性もまた印象形成や会話量、相手からの好意度にどういった影響を及ぼすのかということを検証する目的で実験を行った。
被験者は東京大学在学中の学部生および大学院生82名(男性52名、女性30名)で、被験者の平均年齢は21.8歳であった。この82名を同姓のペアとして41組にわけ、CMCでの会話を先に行うCMC→FtF(CMC先)条件、FtFでの会話を先に行うFtF→CMC(FtF先)条件、そして1回目2回目ともにCMCでの会話を行ってもらうCMC→CMC(統制)条件という3つの条件にランダムで振り分けた。なお統制条件に関しては2004年度の実験のみ行っており、2005年度に関してはCMC先条件およびFtF先条件のいずれかに振り分けられた。被験者には最初に性格特性や日常のコミュニケーションに関する質問紙に答えてもらい、その後ペアでCMCとFtFでの会話を行ってもらった。1回目と2回目の会話の後には、会話相手に対する印象と好意度に関する質問紙に回答してもらった。
この実験の結果から次のことがわかった。
・ CMCに比べ、FtFのほうが相手に対する印象を形成しやすい。
・ 公的自己意識が高い人の場合、FtFに比べてCMCのほうが印象が形成されやすい。
・ FtFでは公的自己意識の高さが印象形成に効果を持たない。
・ CMC、FtFのいずれにおいても、社会的外向性の高い人ほど会話の際に発する言葉の量が多くなる。
・ CMCでは社会的外向性が高い人ほど、発言数も多いが、FtFではこうした傾向は見られない。これはCMCに比べてFtFのほうが相槌を入れやすいことによるものだと考えられる。
・ CMCではよく話す人ほど相手に与える印象がよく、好意的に見られるようになるが、FtFではこのような傾向が見られない。
・ FtF、CMCのいずれにおいても、社会的外向性が印象形成や好意度に与える影響は小さい。
本研究の結果、視覚的匿名性を特徴とするCMCでは、対面状況に比べて印象形成を行うことが困難であるということが示された。しかし、印象形成しづらいCMCにおいても、公的自己意識の高い人においては会話相手に対して自分の印象を形成させることが可能になることがわかり、これはFtFと異なる特徴であった。またCMC、FtFのいずれにおいても性格特性そのものが印象度や好意度を高めるわけではなく、会話の際の発言数や文字数に対して影響を与えるという点で共通していることがわかった。CMCではそうした文字数や、発言内容から得られる情報がもとになって、会話相手に対する印象を形成しているメディアである一方で、FtFにおいてはそうした傾向が見られなかった。分析手法による影響も考えられるが、これもまたCMCとFtFにおいて異なる特徴であった。こうした結果は、CMCでは印象形成にいたる過程で、FtFと異なる形で性格特性が影響を及ぼすことを示唆するものであった。
今後の課題
過去の研究において、十分な会話時間を設けることによってCMCの持つ本質的な欠点である視覚的情報の欠如が乗り越えられ、対面でのコミュニケーションと同様の関係性を持つことが出来る(Walther、1995)ということが明らかにされており、今回の実験ではCMCで5分間の会話という会話時間の短さによってCMCとFtFにおける違いがもたらされたことも考えられる。そのため、CMCでの十分な会話時間を設け、そのうえで性格特性と印象形成との関連性を明らかにすることが必要だろう。また、会話の内容分析や形態素解析を行った分析を行うことで、CMCとFtFにおける印象形成において、会話という側面から共通部分が何であり、どういった部分で異なっているのかを明らかにする必要もあるだろう。