対外感情の分析

浅田樹里

中国の対日感情が悪化しているなどというように、諸外国が日本や日本人に対して抱く感情は近年特に大きく取り上げられる傾向にあるように思える。同様に日本人が他の国に対して抱く感情というのも存在するが、こちらは対日感情ほど関心を持たれていないのではないかと考えた。そこで今回は1981-91における日本人の抱く対外感情を分析することとし、『日本の政党と内閣1981-91 時事世論調査による分析』の中の対外感情に関する調査結果をもとに、「1981-91年において、経済状況が悪化するとき、新興のBRICs諸国(但しブラジルは資料が無いので旧ソ連、インド、中国の3ヶ国)に対しては総じて羨望や警戒心から好感度は低下した。しかし、投資や取引の対象として見られる人にとっては好感度は変わらないかむしろ上昇し、安価な労働力を危険視する人々にとっては好感度が下がった。」という仮説を立てた。経済状況が悪化するときの指標として家計の消費支出と価格指数のデータを用意し、増加率をとって「景気が悪化した」と判断できるときの状況を調べてみたが、特に違いがあるわけではなさそうであり、仮説は検証できなかった。
 その一方で1981-91において3ヶ国の動向を探ってみたところ、旧ソ連は83.9.1の大韓航空機撃墜事件で嫌感度が増幅し88年後半からアフガン撤退、イラン・イラク戦争停戦などで和らいでいったことが分かった。しかし91年にソ連が崩壊したことを考えると日本人の共産主義に対する馴染みの薄さには根深いものがあり、自らの崩壊という形でしか日本人には受け容れられなかったと言えるかもしれない。
 インドは81-91においては取り立てて人々の関心を引く国ではなく、84.11にインディラ・ガンジー暗殺の影響で記事数が増加し嫌感度が一時的に高くなったこと、イラン・イラク戦争の終焉など和平の機運が高まる中でインドについても良いイメージを持つ人が増え、少しずつ新聞記事に取り上げられる回数も増えていったこと以外は目立った特徴はなかった。コアにインドが好きあるいは嫌いという層以外は選択する3ヶ国には入りにくい国であり、調査期間の後半ではやや関心も持たれ、悪いイメージも薄れたようだが、「好きでも嫌いでもない」国からの脱却とまではいかなかったと言える。
 中国は89.6.4の六四天安門事件による効果が絶大であった。嫌感度の方では湾岸戦争が起こる90.8まで効果が持続した。湾岸戦争に対し中国が決議を棄権してイラク制裁決議案が可決されたこと、イラクを嫌う傾向から相対的に中国への嫌感度が低下したことが原因と見られる。好感度の方では嫌感度ほど値には影響を及ぼさなかったが、湾岸戦争時を過ぎても値は下がり続け、調査期間が終わるまで影響を与え続けた。天安門事件を機に、日本人にとって中国は少なくとも「好きではない」国に成り下がってしまったと言える。尚、地域毎に分けた分析ではその他の市>郡・町村>12大市、性別毎に分けた分析では男性>女性、学歴毎に分けた分析ではおおよそ高卒>大卒>中卒の順に天安門事件によって敏感に嫌感度が変容したとの結果を得た。