高齢男性の夫婦関係が地域関心に及ぼす効果
石毛陽子
これまで誰も経験したことがない大きな挑戦を日本は突きつけられている。高齢化問題である。日本の高齢化のスピードは他の先進国に比べて非常に早い。高齢化先進国として同じ問題を抱える諸外国にも注目されている日本は、自ら問題と向き合い、前向きに対処していくことが必要である。
一般的に、高齢化の議論は、将来社会保障支出がどれくらい増えるのか、若年層の負担はどうなるのかといった社会保障制度が大半だ。しかし、社会保障制度は健康、就業、経済状況、家族、社会参加といった個人と社会を取り巻く諸要素と密接に関わっている。中でも、社会参加は個人の心身両面における幸福な加齢(サクセスフル・エイジング)にとって重要であり、社会全体からみても有効な資源の活用の場となる。有効な社会保障制度の確立ためには、高齢者の社会参加の現状、効果、諸要素との関連を分析し、そこで得られた知見を実際の社会制度の構築に結びつけていくことが必要である。
高齢者の社会参加は、個人の加齢・社会の高齢化双方において重要な役割を果たす。中でも、地域は身近で機能的な存在であるため、高齢者が社会に関わっていくための窓口となる。しかし、定年退職後の男性にとって、地域参加は困難である。とくに、自宅から離れた都市部の会社に通勤していたサラリーマンなどは現役時代に地域に関わることができない。その結果、定年後、自分の活動の中心が会社から地域に移っても、地域参加への足がかりがつかめず、孤独感やストレスを抱える場合さえある。一方、男性の配偶者は育児や家事を通じて地域と関わる機会は多い。本研究では、身近な存在である配偶者を通じて、男性の地域参加を促すことができないかと考えた。
そこで、地域関心が高まれば地域参加が促進されるだろうという前提の下、1「地域社会関係が豊かになると地域関心が高まるだろう」2「夫婦の良好な関係は男性の地域社会関係を豊かにするだろう」という二つの理論仮説を立てた。調査は二回に分けて行い、一回目に郵送調査でデータを集め統計的に分析した後、二回目にインタビュー調査を実施して質的分析を行った。調査はいずれも都心から電車で一時間ほど離れた都市で行い、郵送調査のサンプル数は880(うち回収された調査票は315)、インタビュー調査のサンプル数は7であった。
まず、郵送調査で得られたデータを分析した。理論仮説1に基づき、独立変数が地域関係、従属変数が地域関心の重回帰分析を行った結果、男女ともに、有意な相関が出た。地域において多くの人と接触すること、さらに、挨拶を交わしたり話をすることは地域自体への関心を高めるのに効果的であり、それが実際の地域活動への参加に結びついていると思われる。また、理論仮説2に基づき、夫婦関係(共行動と情緒的つながりの合成)を独立変数、地域関係・関心を従属変数として重回帰分析を行った結果、男性のみ有意であった。よって、男性は夫婦関係が良いと地域関係や関心が高まる傾向があるということがわかった。しかし、個別にみると男性の地域関係・地域関心に有意な効果がある変数は共行動のみで、情緒的つながりは優位な効果がなかった。また、女性は地域関係に一般的信頼感や社会的スキルなど、個人の特性が与える効果が大きかった。これは、女性は子育てや家事の過程で地域への接触機会が多いため、地域関係の構築は「人付き合いが得意か」などの本人の特性に左右されるためだと考えられる。
では、なぜ男性の地域関係・関心に影響を与えている変数は共行動のみだったのだろうか。翌年行ったインタビュー調査では、社会活動に参加するようになった決め手として、「妻の前向きな助言」と答えた人が多く、また一方で夫婦の地域社会関係が交差するケースは少なかったことから、妻は夫が地域社会関係を形成するきっかけ作りや後押しをする役割を果たしていると考えられる。郵送調査では地域社会関係変数において知り合いの量と付き合いの深さのみを考慮し地域社会関係を形成するきっかけを含めていなかったために、情緒的つながりと地域社会関係の有意な効果は見られなかったのであろう。実際には、夫婦間の情緒的つながりが大きいほど、また、共行動が多いほど、妻が夫を後押しし地域社会関係を形成するきっかけが生じる。地域社会関係を形成するきっかけを与えられた結果、夫は自分で地域における社会関係を豊かにしていくのではないだろうか。
定年退職者が増えていく現在、地域社会の果たす役割はますます大きなものとなる。しかし、長い時間をかけて都心の会社に通っているサラリーマンにとって、現役時代から豊かな地域社会関係を構築するのは難しい。しかも、普段地域に接点を持たずに生活していると、定年後に突然地域参加をしようと思っても途方にくれてしまうだろう。
しかし、今回の研究で、夫の地域における社会関係の構築を、妻が支えている可能性が示唆された。妻が夫を後押しし地域社会関係を形成するきっかけを与えられた夫は、自らで地域における社会関係を豊かにしていく力を得るのかもしれない
今後の課題としては、実際に妻が夫のきっかけ作りに貢献しているのかどうか、妻の後押しが実際の行動に与える効果の大きさを直接測定すること、また夫婦それぞれの社会関係を具体的に構造化してどのような重なりや乖離があるのかを明確にすることが必要であろう。