大学生の無気力(スチューデント・アパシー)に関する研究―素因ストレスモデルによる検討―

木村 充

スチューデント・アパシーは,その基本的概念が未確定であるにもかかわらず,その適用対象が拡大され,スチューデント・アパシーの概念は混乱している状態にある。下山(1995)は,そのような状況を整理し,一般大学生の無気力は,一時的な不適応状態である「一般的な無気力」と,心理障害としてのスチューデント・アパシーと重なる可能性のある「障害としてのスチューデント・アパシー」に区別され,両者にはそれぞれ異なるプロセスが存在することを示唆した。そうであるとするならば,両者の形成には異なる要因が関連していると考えられる。そこで,本研究は,一般大学生の無気力の構造を確認し,さらに無気力を心理的ストレス反応であると仮定し,素因ストレスモデル(Metalsky et al., 1987)によって検討することで,両者の構造の違いを探ることを目的としていた。
そこで,本研究では,大学生を対象に授業時間を用いた集団的な調査を行った。その結果,426名(男性214名,女性212名)から有効回答を得た。
スチューデント・アパシーは男性特有の発達障害であるとされている。分析の結果,男性の方が授業に対する意欲が低く,学生生活に対する実感がなかった。また,女性の方が日々の生活に疲労を感じていた。先行研究では研究対象を男子大学生に絞ったものが数多く見られるが,本研究では大きな性差は見られなかったため,性別で分類することなく分析を進めることとした。
続いて,一般大学生の無気力の構造を明らかにするため,共分散構造分析による因果モデルの推定を行った。その結果,授業に対する意欲の低下から学業に対する意欲の低下へと至る過程と,学生生活の実感がなくなり,大学自体に対する意欲が低下する過程に区別されることが推測された。それらはそれぞれ,一時的な不適応状態である「一般的なアパシー」と,心理障害と重なる可能性がある「病理的なアパシー」であると考えられる。
また,ライフイベント体験と大学生の無気力との関連を検討した結果,大学生の無気力が心理的ストレス反応であることがわかった。入学試験を受けた,パソコンのデータが壊れた,志望校に入れなかった,大学の講義でレポート提出を求められた,というライフイベントを体験した人は,体験しなかった人より「一般的なアパシー」になりやすい傾向があり,パソコンが使いこなせなかった,先生との間にトラブルがあった,サークル内でトラブルに巻き込まれた,恋人と別れた,というライフイベントを体験した人は,体験しなかった人より「病理的なアパシー」になりやすい傾向があった。そして,ライフイベントの体験数と無気力との関連を検討した結果,ストレスフルなライフイベントを数多く体験するほど,授業意欲が低下し,一般的なアパシーが発生し,疲労感がつのるということがわかった。一方で,授業意欲は,ライフイベントの体験が多い場合よりも少ない場合の方が低いことが示された。また,ストレスフルなライフイベントを数多く体験するほど,確固たる自分がもてなくなり,生活に実感がなくなり,授業意欲が低下し,病理的なアパシーが発生し,疲労感がつのり,また,ライフイベントをほとんど体験しない場合にも,生活に実感がなくなり,病理的なアパシーが発生することが示された。
さらに,ソーシャル・サポートと大学生の無気力との関連を検討した結果,ソーシャル・サポートが大学生の無気力を低減させることが示された。「一般的なアパシー」は,家族からの情緒的サポートにより低減されること,「病理的なアパシー」は,家族からの情緒的サポート,同性の友人からの情緒的サポート,同性の友人からの道具的サポート,異性の友人からの情緒的サポートにより低減されることがわかった。そして,これらの効果は,ストレッサーとの緩衝効果ではなく,直接効果をもつことが明らかになった。
さらに,5因子性格と大学生の無気力との関連を検討した結果,「一般的なアパシー」では,統制的・合理的に物事を行う傾向を表す「統制性」,好奇心の強さや現実からの離脱を表す「遊戯性」が負の関連をもち,「病理的なアパシー」では,情緒の不安定さを表す「情動性」が正の関連を,活動水準の高さを表す「外向性」,人との共感的・協調的な関係を表す「愛着性」,そして「遊戯性」が負の関連をもつことが示された。
そして,素因ストレスモデルにより,5因子性格とライフイベント体験数の交互作用と大学生の無気力との関連を検討した結果,「病理的なアパシー」は,統制性の低い人が,学業やサークル、アルバイトといった大学生活領域におけるライフイベントを少数あるいは多数体験した場合,喪失や被害といったトラブル領域におけるライフイベントを多数体験した場合,情動性の高い人が,喪失や被害といったトラブル領域におけるライフイベントを多数体験した場合に高くなる傾向があるという可能性が示唆された。