政治的洗練度の高低と政党支持の有無による投票行動の違い―2005年総選挙の分析―
松井洋平
「小泉劇場」に沸いた2005年総選挙。私はこの選挙戦を眺めているなかで、異なる有権者層の間では、投票に際して異なるロジックが働いているのではないかと考えるようになった。また、自民党の歴史的圧勝という選挙結果を受けて、どのような有権者層の動きが自民党の大勝をもたらしたのかということにも興味を抱くようになった。
こうした関心について追究するため、本研究では有権者を「政治的洗練度の高低」と「政党支持の有無」によって認知的党派型、認知的無党派型、無関心派、儀礼的党派型の4グループに類型化し、類型間で投票行動にどのような違いがみられるのかというRQ1、2005年総選挙での自民党勝利に影響を及ぼしたのはどの類型で、その類型の人々が自民党に投票したロジックはどのようなものであるかというRQ2についての検討をおこなった。
本研究で用いた類型は、Dalton(1984)の類型を参考にしつつ、その問題点を改善して作成した類型であり、4類型の特性はつぎの通りである。(1)認知的党派型…政治的洗練度が高く、ある政党に親近感を抱いている人々、(2)認知的無党派型…政治的洗練度が高く、どの政党にも親近感を抱かない人々、(3)無関心派…政治的洗練度が低く、いかなる政党にも親近感を抱かない人々、(4)儀礼的党派型…政治的洗練度は低いが、ある政党に親近感を抱く人々。
この類型を用い、上述した2つのRQをもとに立てたいくつかの仮説の検証をおこなった。
RQ1に関する仮説としては、争点投票と類型の関係についての仮説、党首効果と類型の関係についての仮説、経済投票と類型の関係についての仮説の3種類の仮説を立てた。
争点投票と類型の関係については、「郵政争点」は政治的洗練度の高い層だけでなく、政治的洗練度の低い層に対しても影響を及ぼしていたのではないかという仮説と、投票に対する争点効果の大きさは政治的洗練度の高低によって主に左右され、政党支持の有無の影響によって左右される、つまり、効果の大きさは
認知的無党派型>認知的党派型>無関心派>儀礼的党派型 の順になっているのではないかという仮説を立てた。
党首効果と類型の関係については、政治的洗練度の高い層よりも、政治的洗練度の低い層のほうが投票行動において党首要因の影響を強く受けているのではないかという仮説を立てた。
経済投票と類型の関係については、政治的洗練度の高い層では投票に対する暮らし向き認知要因の効果がみられるが、政治的洗練度の低い層においてはほとんどみられないのではないかという仮説を立てた。
RQ2に関しては、もともとの大票田である認知的党派型、儀礼的党派型と、小泉政権発足以来の「小泉劇場」によってある程度の支持を獲得することに成功していた無関心派に加え、「郵政民営化」を旗印に改革政党としてのイメージを前面に押し出すことで認知的無党派型の支持までをも獲得したことによって、自民党は2005年総選挙で大勝をおさめたのではないだろうかという仮説と、選挙結果を左右したと考えられる認知的無党派型は、政党支持の影響をあまり受けず、郵政民営化争点やマニフェスト、経済状況の評価から自民党の将来のパフォーマンスを予測し、それに基づいて投票するという、きわめて合理性の高い投票行動をおこなっていたのではないかという仮説を立てた。
これらの仮説の検証はJESV(研究代表 池田謙一)データの二次分析によっておこなった。
その結果、以下のような結論が得られた。
争点投票と類型の関係については、投票に対する争点効果の大きさは政治的洗練度の高低によっておもに左右され、政党支持の有無の影響によっても左右されるため、争点効果の大きさは
認知的無党派型>認知的党派型>無関心派>儀礼的党派型
の順になっているという結論と、「郵政争点」は政治的洗練度の高い層だけでなく、政治的洗練度の低い無関心派に対しても影響を及ぼし、広範な人々を争点投票に導いていたという結論が得られた。
党首効果と類型の関係については、政治的洗練度の高い層と比べ、儀礼的党派型の党首要因への依存度が高いという結論が得られた。
経済投票に関しては、pocketbook votingのほうがsociotropic votingよりも高い認知能力を必要とするという結論が得られた。
2005年総選挙における自民圧勝の理由に関しては、従来からの熱い自民党支持層で、変わらぬ支持を続けた認知的党派型、儀礼的党派型、小泉政権下の過去の選挙のときと同じようにそこそこの支持を与えていた無関心派に加え、郵政民営化を旗印に改革を訴えたことで獲得した「改革政党」「ネオリベラル」イメージによって認知的無党派型の支持をも獲得したことが自民党大勝につながったのではないかという結論が得られた。
選挙結果を左右したと考えられる認知的無党派型の投票ロジックに関しては、認知的無党派型は政党支持の影響をあまり受けず、政策やマニフェスト、経済状況の評価から政党の将来のパフォーマンスを予測し、それに基づいて投票をするという合理性の高い投票行動をとる。そしてこのうち、政党支持の影響をあまり受けないという点は政党支持をもたないことによるものであり、政党の将来のパフォーマンスを予測し、それに基づいて投票をするという点は政治的洗練度が高いことによるものであるという結論が得られた。