「ネガティブ広告が消費者心理に及ぼす効果」

西澤香織

私たちの生活は数多くの広告に彩られている。ほとんどの広告は"会社や商品の良いところを伝えるもの"であるが、逆に"会社や商品のマイナス及びネガティブな情報を伝えるもの"をごくたまに目にすることがある。そうした広告のメカニズムを探る試みが本研究における興味の出発点だ。この「会社・商品についてのマイナス及びネガティブな情報を伝える広告」を本研究では「ネガティブ広告」と名づけることにする。
広告は古代エジプトで作られたものに始まり、人々に情報を与える手段として次第に広まっていった。19世紀後半にはこの「知らせる」ための広告は「説得する」ための広告へと姿を変え、「需要の創造」を目的とした現代広告が誕生したと言われている。そして近年、広告は再び変化の時代を迎えている。モノを買わせるために説得をするだけの広告は、もはや消費者の心を動かさなくなっているのだ。
 広告は今後どのように変わっていくのか。どうあるべきなのか。それを考える上で欠かせないのが、ブランドに関する議論である。「量と価格だけで取引が可能な程度に品質その他が均一化・共通化される動き」を「コモディティ化」というが、今日ほとんどの商品において「コモディティ化」が起こっている。この「コモディティ化」から企業を救うのが、「ブランド化」だ。企業は競合との差別化をはかり、長期にわたって利益を生む「ブランド価値」を作り上げる必要に迫られるようになったのである。広告においてもブランド化は重要な要素だ。昨今、「広告が効かなくなった」「広告でモノを売る時代は終わった」ということが良く言われる。それは広告が、ブランド価値を重視する時代の中で取り残されているからに他ならない。ブランド力という考えを取り入れた広告こそ、新しい時代の広告であると言える。その点において、ブランドに目を向けたネガティブ広告の手法は注目に値するであろう。
 新しい広告のあり方を探るために、ネガティブ広告が消費者の心理にどのような効果を
及ぼしているのかの調査を行った。それに先立って、広告を"中心的ルートを意図したネガティブ広告"と"周辺的ルートを意図したネガティブ広告"の二種類に分けた。この分類は、精緻化見込みモデルに基づいたものである。"中心的ルートを意図したネガティブ広告"にはボルボとJTの広告、"周辺的ルートを意図したネガティブ広告"にはとしまえんとSEGAの広告の計四種類を用いた。また仮説を設定するにあたり、"リスク・コミュニケーション""割増原理""笑いの構造"と言うネガティブ広告の要素を考慮した。
以上の理論的背景に基づいて、一つ目の仮説として「中心的ルートを意図したネガティブ広告"は、誠実さを感じさせることで、会社や商品に対する好感度を上げる」という予測、二つ目の仮説として「"周辺的ルートを意図したネガティブ広告"は、面白さを感じさせることで、会社や商品に対する好感度を上げる」という予測、三つ目の仮説として「ネガティブ広告は、ネガティブなフレーズの裏にある、言及していない内容を推測させることで、会社や商品に対する好感度を上げる」という予測を立てた。
 仮説の検証を行うため、学習院大学において18歳から27歳までの大学生320人(有効回答者数は309人)に対して質問紙調査を行った結果は以下のようであった。重回帰分析の結果、"中心的ルートを意図したネガティブ広告"によって感じた誠実さが好感度に結びついているという結果は得られなかった。つまり仮説1は、支持されなかったと言える。しかし、仮説2について重回帰分析をしたところ、"周辺的ルートを意図したネガティブ広告"が面白さを感じさせること、またそれによって好感度が上がっていることが分かった。これにより仮説2は全体的に支持された。仮説3については、四種の広告のうちボルボ、JT、としまえんの三つにおいて、推測度が好感度を上げているという結果になった。SEGAについては、広告に用いられたフレーズがマイナス・ネガティブの要素の非常に強い自虐的なものであったことが、他の広告に比べてプラス面の推測に結びつかなかったのではないかと考えられる。以上のことから、仮説3もおおまかには支持されたと言えるだろう。総じて、中心的な尺度となる誠実さ感度、面白さ感度、推測度、好感度を測る質問項目が少なかったことが結果の不安定さを生んだと言え、改善が求められる。
 本研究は、先行研究のほとんどないネガティブ広告に焦点をあてたものであったため、探索的で不十分な点が見られた。しかしネガティブ広告がいくつかに分類され、それぞれの機能を持って消費者の心理に効果を及ぼしているという点が明らかになったことは間違いない。今後、紙面のみならず幅広い種類のネガティブ広告の更なる調査が進み、新時代の広告研究に寄与することを願いたい。