乖離する被害恐怖と対処行動〜日本人の暴力や犯罪被害に対する意識と反応に関する研究〜

長部有希子

近年、日本における犯罪の発生率増加や凶悪化がより顕著になっている。そんな中、日本人は暴力や犯罪による被害についてどのような意識を持っているのだろうか。また、現実に暴力や犯罪被害の脅威にさらされた場合にはどのように反応するのだろうか。そして、暴力に対する日本人の反応スタイルに何らかの特徴が見られるならば、それはどのような個人的要因によって決定付けられているのだろうか。これらの問題について、主に犯罪学や被害学の領域における先行研究を概観しつつ、既存データの二次分析によって検討した。今回は、1996年にDussich, Yamagamiらによって実施された日米比較調査Japanese American Violence Response Study (JAVRS)において収集されたデータのうち、日本人サンプルのみについて分析を行った。検証された仮説は以下の通りである。

 

仮説1−1

過去に被害体験を持つ人は、暴力や犯罪被害に対する恐怖感が高いだろう。

仮説1−2

男性よりも女性の方が、暴力や犯罪被害に対する恐怖感が高いだろう。

仮説1−3

年齢が高いほど、暴力や犯罪被害に対する恐怖感が高いだろう。

 

仮説2−1

暴力や犯罪被害に対する恐怖感が低い人ほど、暴力に対して反撃する意志を強く持っており、具体的な現実場面においてもすすんで反撃しようとするだろう。

仮説2−2

女性よりも男性の方が、暴力に対して反撃する意志を強く持っており、具体的な現実場面においてもすすんで反撃しようとするだろう。

仮説2−3

年齢が若い人ほど、暴力に対して反撃する意志を強く持っており、具体的な現実場面においてもすすんで反撃しようとするだろう。

 

まず、暴力に対する恐怖感を規定する要因について調べた仮説1では、全体を通して性別や年齢の頑健な効果が見られた。まず、暴力や犯罪のほぼ全ての側面において、男性よりも女性の方が恐怖感を強く感じている傾向が見られた。年齢に関しては、個人的・具体的な暴力に対する恐怖感や性暴力に対する恐怖感は若いほど、一般的な暴力に対する恐怖感や暴力が増加しているという認知に対しては年をとるほど、それぞれ高くなるということが有意に確認された。さらに、被害体験と恐怖感の関係について検討した結果、今回測定した恐怖感は、個人的な恐怖感/社会における危機感、被害恐怖/被害リスク認知という2×2の次元によって分類され、それぞれ年齢や性別によって別々の傾向を持つのではないかという予測が新たに生じた。

暴力や犯罪被害に対して反撃しようとする意志や、実際に反撃する行動についても、恐怖感についてと同様に性別や年齢による強い説明効果が見られた(仮説2)。恐怖感と反撃意志/行動との関連については、今回構成した変数では有意な因果関係を見出すことができなかった。前述のように恐怖感を分類し直した上で、日本人の反撃意志/行動に影響しているのは、恐怖感の概念の中でも特に、個人的・具体的な暴力や犯罪被害に対する恐怖感であるという仮説を再検討する必要がある。

以上のような重回帰分析による知見に加えて、共分散行動分析を用いて、関連変数を含んだ包括的パスモデルを新たに作成・検討した。結果として、性別、年齢、恐怖感、反撃意志/反撃行動のそれぞれの変数間に想定した因果関係についての妥当性が確認された。さらに、反撃意志が高いほど、実際に反撃行動を起こす傾向が強いという因果関係の存在が見られた。

 

今回の二次分析の結果から、個人的・具体的な暴力や犯罪被害に対する恐怖感が薄い人ほど、暴力の脅威に直面した時に暴力によって反撃しようとする意志を持っており、そのため実際にも反撃行動を起こすという因果関係を推定することができた。この傾向は、特に若い男性に典型的であることもわかった。犯罪恐怖(Fear of Crime)のさまざまな側面と反応行動の関係について、今後さらに概念を整理して検討していくことが期待される。