先延ばし行動傾向の分析と自己効力感・ローカスオブコントロールとの関連の検証
白石絢子
課題を先延ばしにする傾向は、学生調査を基にした先行研究によって、抑鬱傾向や自尊感情の低さ、失敗傾向との関連があることが明らかにされている。本研究は学生調査ではなく一般調査を行い、さらに一般的な行動傾向にとどまらず、先延ばし行動の理由や状況、感情によって厳密に分類し、それぞれにおける自己効力感やローカスオブコントロールとの関連を検証することで、一見非常に非合理的な行動である先延ばし行動を、なぜ多くの人が行っているかについて新たな見解を示すことを主な目的としている。
その方法として、小浜(2006)によって分類された先延ばし行動・先延ばし理由・先延ばし中の感情をもとに質問紙を作成した。また夏休みの宿題、旅行の準備、友人との待ち合わせに対して@早期終了A先延ばしB好き嫌い分別のどの行動をとったか、そしてそんな自分の行動を受け入れているかどうかを尋ねた。さらに、回答者の主観的な質問回答だけでなく、調査票の返信までにかかった日数も客観的な先延ばしを測る尺度として使用した。
これらの先延ばしに関する項目に影響を与える変数として、自分が目標に向かいどれだけ行動できるかを予期する「自己効力感」と、自分の行動がどれだけ自分の努力などの内面に帰属されるかを測る「ローカスオブコントロール(の内的統制度)」の二つを用いた。
調査は東京都北区の20〜69歳の男女800人に対して行い、うち209名の有効回答を得た(回収率26.1%)。
分析の結果得られた知見をまとめると、次のようになる。
1自己効力感とローカスオブコントロールは正の相関関係にあるが、課題に対する行動には、自己効力感が影響を与えていることが本研究で明らかにされた。自らの可能性の予期に影響を与える自己効力感とは異なり、あくまで帰属であるローカスオブコントロールは、直接的な課題への行動に影響はないということになる。
2夏休みの宿題を先延ばしにしやすい人と、友人との待ち合わせに遅刻しがちな人は、自己効力感が低い。特に、待ち合わせに遅刻しがちな人は、遅刻していることを反省しているかどうかに関わらず、自己効力感が低かった。
また、自己効力感が低いほど、調査票の返信が遅いことも明らかになった。
しかし、旅行の準備については、遅くなっても構わないという人が多かった。これは、旅行の準備が他の課題に比べ、社会的責任が低いためではないかと予測される。
3先延ばし理由については、苦痛からの逃避として先延ばしをすることが多いほど自己効力感が低いことが示された。逆に自己効力感が高いと、忙しい・他に大事な用事があるなどの非内在的理由で先延ばしをすることが多い。
4また自己効力感が低いと、先延ばし行動をとっている時に、課題憂慮の意識、否定的自己評価、楽観的感情のいずれも高くなった。楽観的感情は、課題憂慮や否定的自己評価と矛盾する感情に思えるが、失敗する確率が高くなる先延ばし行動中に楽観的感情が高くなることは、自己効力感が高い人にとって、課題憂慮や否定的自己評価と同様に避けるべき感情であるようだ。
5自己効力感が低い場合に選びやすい先延ばし理由項目に「なんとかなると思った」、自己効力感が低い場合に抱きやすい感情項目に「なんとかなるだろうという楽観」が含まれていることから、この「なんとかなる」という言葉は自己効力感が高い場合は避けられるものであると推測できる。
6先延ばしとして具体的にとる行動では、いつも通りの生活を行った方よりも、課題のそばで現実逃避をする方が課題に対する憂慮の感情が強くなることが明らかになった。
7やるべきことを先延ばしにしたことによる挫折経験が多いほど、自己効力感が低い。
8なお、仮説や本研究の目的とは別に、自己効力感は健康度が高いほど高くなり、ローカスオブコントロールによる内的帰属は、健康度・学歴・健康度が高いほど高くなることが明らかになっている。
池田(1986)の研究は、緊急時や日常生活のストレス状況における行動の規定要因として、自分の行動による結果がどれほど可能かを見る可能予期を挙げている。本研究結果においても、課題というストレス状況下で、自らが何らかの働きかけをすることが可能であるという感覚を測る自己効力感が、可能予期として行動に影響を与えている可能性が示唆された。その影響は具体的な先延ばし行動や理由、先延ばし中の感情、先延ばしによる挫折体験に及んでいる。また「なんとかなるだろう」等の楽観的感情や楽観的理由による先延ばしは自己効力感の低さの影響を受けていることが明らかになっている。この楽観は、ストレス状況に外的でなく、自分の内面を適応しようとする内的対応を優先しているためと予測される。