他者の努力評定に関連する諸要因の検討
上田有希子
努力の辞書的な意味は「目標達成に向けて心身を労して努めること」である。しかし、目標に向けて心身を労していても、周囲の人から「努力している」と評価されない状況がしばしば存在する。一例として、趣味や遊びへの没頭が挙げられる。他者に対する努力評価は、目標に向かって心身を労しているかどうかだけではなく、さまざまな要因の影響を受けていることが考えられる。本研究は、人が他者の行動に対して「努力している」と評価する際にどのような要素が関連しているのかを検討することを目的とした。 努力という概念は、原因帰属理論や動機付け理論の分野において用いられてきた。前者では、結果という過去に対する内的な帰属要因として、後者では、未来の目標に向けた行動や態度として、努力という言葉が用いられている。しかし、努力の概念構成そのものに関する研究は少ないのが現状である。 そのため、まずは人々が努力という言葉に対してどのような価値観を持っているのかについて調査を行った。方法としては、インターネット上にある文書の中から「努力」という単語が用いられているものを収集し、グループKJ法に基づく文脈分析を行った。その結果、努力とはおおむね「目標達成に関わる具体的な行動」であることが示された。ただし、どのような目標でもよいというわけではなく、価値が高い、あるいは達成が難しいことが、努力だと判断されるにふさわしい「目標の条件」であることが伺えた。また、努力行動の結果として、目標達成だけでなく、社会全体にもたらされる有益な効果や、行為者の成長を期待するといった要素も見出された。このような結果から、努力評価は目標の性質と関連を持つのではないかという予測を立てた。具体的には、以下の3つの仮説を立て、それぞれを検証した。 仮説1.目標が持つ社会的な価値を高く認識するほど、努力評価が高い。 仮説2.目標の達成難易度を高く認知するほど、努力評価が高い。 仮説3.行為者の成長可能性を高く認知するほど、努力評価が高い。 インターネットによる文書収集では、対象者の性別・年齢・学歴・職業などの属性を判断することができないので、代表性を保障できないという問題点があった。この問題を解決するために、一般郵送調査による質問紙実験を行った。 対象は、東京都北区在住の20歳以上70歳以下の男女800名を対象であった。有効回答数は218人で、有効回収率は27.4%であった。回答者は、一般的な高校生「A君」の目標と行動に関するシナリオ文章を読み、評価を行った。 重回帰分析の結果、目標の社会的な価値、達成の難しさ、行為者の成長可能性のそれぞれを高く認知するほど、その目標に向かう行動を「努力だ」と判断することが示され、いずれの仮説も支持する結果が得られた。この中でも特に、成長可能性の認知が努力評価と強く関連していることが明らかになった。行動を通じた成長に対する期待が、他者の努力評価において中心的な判断基準になっていることが示唆された。ただし、「成長」の具体的な意味内容についてはより詳細な検討が必要である。なお、このような傾向は、世代・性別を超えてある程度共有されていることが明らかになった。 また、いくつかのシナリオでは、評定者の習慣的な行動が被評定者のそれと類似しているかどうかが有意な効果を与えることが示された。このことは、評定者自身の特性(興味や価値観、行動習慣など)が、努力評価と何らかの関係を持つことが示唆しておるといえ、さらなる研究が必要だといえる。 今後の展望としては、変数をより多面的な項目から捉えるなどして改善した上で、評定者の特性との関連を検討する必要があるだろう。また、シナリオの場面設定をより現実に即したものにする必要があるだろう。特に、努力という言葉からイメージされる場面として「仕事・ビジネス」を挙げる回答が予備調査において多く見られたため、仕事の現場における努力評価の検討が望まれる。