攻撃性の自己認知と現実場面での行動との相違について
綿谷翔
これまでの攻撃性の研究では様々な分類、由来、抑制力などが述べられてきた。しかしこれらの研究では、攻撃性をどのような水準で捉えているのかという視点が議論から抜けており、それぞれの議論が独立したもののように感じられた。特に、それぞれの議論で問題にしている攻撃性が、意識的なレベルでの攻撃性を考えているのか、それとも実際の場面で生じた攻撃的行動という意味で攻撃性を扱っているのか、その区別がついていないために議論がまとまっていないと感じることがあった。そこで本研究では攻撃性を「潜在的攻撃性」と「実際の攻撃性」の二つの水準から考察し、それぞれの攻撃性が何によって影響を受けているのかを検証することとした。その際、攻撃性はまずは本能的に備わるものだろうという立場から、どちらの攻撃性に関しても個人の基本的性質から何らかの影響を受けているのではないかと考えた。ただし潜在的攻撃性は意識的なレベルでの攻撃性なので基本的性質の影響が強いと考えられるが、個人の意識的な部分よりも実際の対人場面での行動が問題となる実際の攻撃性では学習(経験)的な要素がより関係しているのではないかと考えた。その点で実際の攻撃性はより学習性のものに近い攻撃性と考えられる。このことを踏まえて潜在的攻撃性に関しては一般的信頼性が影響を与えていると考えた。ただし、攻撃性は「配慮」という抑止力があるために普段生じることはないという先行研究から、一般的信頼性が直接影響を与えているのではなく、「一般的信頼性の低い人ほどコミットメント関係を重視するために、それ以外の他者(全く知らない人)への配慮が少なく、潜在的な攻撃性が高く」なると考えた(仮説1)。一方実際の攻撃性には対人不安が影響を与えていると考えた。これも仮説1と同様に直接的な影響を与えているわけではなく、「対人不安の強い人ほど対人スキル(Social Skill)が低いため、相手(よく知っている他者)への配慮をうまく実行することができず、(実際の場面で)攻撃的な行動を取ってしまったと感じている」と考えた(仮説2)。
この二つの仮説を検証するために学生調査を行った。対象としたのは東洋大学と放送大学において心理学に関する講義を受講していた学生259人である。調査者が講義の残り30分を使って直接質問紙を回収した。その結果、仮説1に関しては、一般的信頼性がコミットメントに正の効果を、コミットメントが他者への配慮に正の効果を、他者への配慮が潜在的攻撃性に正の効果を与えており、仮説1は支持されず逆の結果となった。これはコミットメントという概念が近年の情報ツールの発達により変化したからだと考えられる。近年の情報ツールの発達は直近の集団も遠くの集団も同様にコンタクトがとれることを可能にした。この変化により新しい他者を求める人であっても既存の人間関係は大切にし、維持できるようになった。逆に個人が多くの集団と繋がることが出来るようになったということは、個人が一つの集団に関わる度合いが少なからず分散されたということでもある。よって凝集性の高い集団はよりプライベートな領域に縮小し、今回の質問紙で測った従来のコミットメント尺度ではその変化に対応できなかったのではないかと考えられる。そのために一般的信頼性の高い人でコミットメントは高く(新しい対人関係を築くと同時に既存の関係も情報ツールで維持することができるため)、また他者への配慮も高いと考えられる。ただし配慮の高い人で攻撃性が高いという矛盾も残っている。これは「他者への配慮」尺度が他者に親近感を感じて生じた配慮だけでなく、逆に警戒しているからこそ生じている配慮も測ってしまった結果ではないかと考えられる。警戒するということは少なからず敵意を含むものであり、攻撃性を含んでいる。
仮説2に関しては、対人不安から対人スキルへ負の効果が、対人スキルから実際の相手配慮へ正の効果が、実際の相手配慮から実際の攻撃性へ負の効果がみられ、支持されたと考えられる。また仮説1・2の中の「配慮」の対象や水準(意識的な配慮か実際に配慮ができているか)を置き換えて分析を行った結果、潜在的攻撃性への効果を見せたのは「他者への配慮」のみで、実際の攻撃性に影響を与えたのは「相手」に関する配慮のみであった。ここから潜在的攻撃性は一般的な他者への態度によって影響され、実際の攻撃性は良く知っている他者への態度(とその方法・スキル)によって影響されるということがわかった。ただし、コミットメント尺度が現在の対人関係の志向性に適合していなかったこと、「他者への配慮」尺度が純粋に他者に親近感を持っての配慮ではなく、相手を警戒した上での配慮も測ってしまうようなものだったこと、潜在的攻撃性における下位尺度の「言語的攻撃性」が自己主張の概念により近く、攻撃性の尺度として不適切だったことなどの問題点は残っている。また今回の研究では攻撃性の水準を分けて捉えたという成果はあったものの、感情的な攻撃性という部分に範囲を絞っていたためほんの一部の攻撃性についての研究を行ったに過ぎない。よって今後は道具的な攻撃性に焦点を当てたもの、認知の問題に焦点を当てたもの、攻撃性を引き起こす挑発行為に焦点を当てたものなど、攻撃性の水準を分けた上でさらに多くの分野で研究を行う必要性がある。