経済的格差の認知と支援的態度との関係

薬袋祐未

近年、社会的な格差の問題が国家が取り組むべき課題として取り上げられている。社会福祉政策の実現を、人々の援助行動の一環として捉えると、個人や社会的責任の認知と援助に対する態度との関係を検討している研究が関わってくる。

本研究では、人々がフリーターやワーキングプアなどの低所得者や所得格差自体に対してどのような態度をとっているのかを調べることを主な目的としている。低所得者に対する援助行動(格差是正策に賛成する)は、親しい者に対する援助とは異なり、返報性が低いので、低所得者に対する援助行動が促進されるには、貧困の原因が個人の性格などの操作できる個人的要因ではなく、個人では操作できない社会的要因に帰属され、当事者に対して哀れみの感情を抱くことが必要となると考えられる。社会的要因への原因帰属を促進する個人差変数として、公正に関する価値観の1つである、Lerner1980)によって示された正当世界の信念(belief in a just world)が挙げられる。これは、世の中が報酬を得るに値する人が報酬を得て、罰を受けるに値する人が罰を受けるような仕組みを持つ公正な世界である、という信念のことである。正当世界信念尺度に関するいくつかの研究成果では、Lernerが予測したように、正当世界を強く信奉している人はそうでない人に比べて、社会的苦境にある人々に対して冷淡な、あるいは否定的な態度をとることが示されている。以上のことを踏まえて、本研究では、正当世界信念が貧困の責任帰属に影響し、哀れみや怒りの感情が喚起されることによって、低所得者への援助行動に影響するのではないかと考えた(仮説1)。また、低所得者への支援を促進する個人差変数として空想的他者意識を取り上げた。他者意識とは、他者に注意や関心、意識が向けられた状態をいい、注意の向けやすさに関する性格特性を他者意識特性という。辻(1993)によって構築された他者意識理論によれば、他者意識は意識が現前の他者に直接的に向けられているか、それとも他者の空想的イメージに向けられているかによって大別されている。後者である「空想的他者意識」は他者が現前しなくとももつことができ、現実の拘束からも自由であるため、他者について考えたり、空想をめぐらせたりしながら、その空想的イメージに注意を焦点づけ、それを追いかける傾向を意味する。先行研究では、他者の感情を認知する際に、空想的他者意識は視点取得による共感的理解を生起させるということが分かっている。以上のことを踏まえて、本研究では、空想的他者意識の高い人は、低所得者に対して空想をめぐらせ、他者の感情を共感的に認知し、支援を行うのではないかと考えた(仮説2)。

この2つの仮説を検証するために都内の大学生を対象に学生調査を行った。有効回答を得た171人分のデータに対してAmosによる共分散構造分析を行ったところ、正当世界信念が貧困の責任帰属に影響し、それに伴う低所得者への感情、支援的態度に影響しているということが部分的に示唆された。また、空想的他者意識は低所得者に対するpositive affectに影響を及ぼし、支援的態度に正の効果を与えるということが分かった。ただし、今回の研究で示唆されているのは低所得者に対するpositive affectが支援的態度に及ぼす影響であり、低所得者に対するnegative affectが支援的態度に及ぼす影響に関しては調査が及んでいないので、今後の課題として、低所得者に対するnegative affectに焦点を当て研究を行っていくことか挙げられる。negative affectに焦点を当てた研究には、低所得者などの社会的に不利な立場にいる人たちへの偏見やステレオタイプ研究が関わってくるといえる。社会福祉政策は単に困窮している人への支援策ではなく、いまや自分に関わることであり、誰もが暮らしやすくwell-being(身体的にも精神的にも健康で幸福な状態であること)が実現された社会を形成していくには不可欠であるといえる。社会心理学の知見はwell-beingが実現されるような援助の在り方を模索していく上で、社会福祉分野が抱える様々な問題に対して貢献することが可能であるといえる。