ファッションの傾向と性役割態度および希望するライフコースとの関係について
杉本奈穂
女性の職場進出が進んでいると言われて久しい。だが、その内実は複雑だ。15歳以上の人口に占める労働力人口の割合(労働力率)を年齢層ごとにたどると、女性のそれは男性に比べて特徴的な動きを見せる。日本では、女性の労働力率は20代半ばまで一旦上昇するが、その後30代半ばにかけて一時的に下降し、そこから40代後半まで上昇を続けた後、やがて下降の一途をたどる。男性や80年代以降の欧米諸国の女性の間では、このような一時的な労働力率の低下は見られない。この一時的な労働力率の低下は、結婚や出産を機に職を辞し、子育てが一段楽した頃に再び職を持つ(中断再就職)というライフスタイルに由来する。また、単に再就職するというだけでなく、中断前後の働き方も大きくことなっている。中断前は正社員としての働き方が中心だが、中断後はパートタイム労働が圧倒的に多い。中断再就職には、コストや待遇などにおける種々のリスクを伴うという側面もあるが、このような働き方を希望する女性は多い。その背景には、性役割分業や3歳児神話などの規範が根強く残っているからである。また、中断再就職だけでなく、結婚や出産を機に家庭に入ったり、逆に結婚や出産に関わりなく職業を継続したりと、女性のライフコースは多様である。このようなライフコースの志向に影響を与える一因として、メディアに焦点を当てた。メディアは必ずしも時代の平均的な姿を映し出すのではなく、その時代が望む理想の、もしくはありそうな人間像を描き出し、時にその姿こそがあるべき姿かのような錯覚を与える。私たちはメディアに全てを依存するのではないにしろ、多少なりともそれらを参考にするため、「あるべき」ものとして描かれているメディアの中の人間像は、現実の世界にも還元されていく。多様なメディアの中で、今回はファッション雑誌に注目した。ファッションの目的として自分志向とモテ志向を対置する軸、ファッションの傾向としてカジュアルとエレガントを対置する軸の二次元で分類してみると、日本の女子大学生に多く読まれているファッション誌には、大きく分けて3つの主流な系統が見られる。モテ志向が強くエレガンス寄りの赤文字系(CanCamなど)、モテ志向が強くカジュアル寄りの中庸系(non-noなど)、そして自分志向が強くカジュアル寄りのカジュアル系(PSなど)である。これらは対象とする女性像が大きく異なっており、またその表象であるファッションも異なった傾向を有する。女性の約7割が、雑誌をファッションの参考にしているという調査結果が長期に渡り安定して得られていることから、女性像に関する影響を与えるメディアとして、雑誌は注目に値すると判断した。よって、このように異なった女性像を描き出すファッションの系統によって、上述のようなライフコースの希望に差が見られるかということをテーマとした。具体的には、ふだんの服装に近い雑誌と、理想の服装に近い雑誌を、それぞれ調査対象者のファッションの傾向と見なして分類し、主流な3系統に属することと、性役割態度(平等主義的か伝統主義的か)および希望するライフコースとの関係を調べた。ファッションの傾向と希望するライフコースとの関係については、性役割態度の差を介して、専業主婦志向と職業継続志向を対置した職業従事志向に間接的に影響が現れるかを検証するモデルと、直接的にファッションの傾向と希望するライフコースとの関係を検証するモデルをたてた。
結果、まず性役割態度については、理想の服装が赤文字系である場合にのみ、ファッションの目的として「戦略的に女性らしさをアピールすること」「動きやすさ」を重視する度合、理想の服装に近い雑誌が「戦略的に女性らしさをアピールすること」「動きやすさ」を重視すると認識している度合、雑誌から受ける影響、ステレオタイプ的な「男らしさ」「女らしさ」の自己認知を統制したところ、性役割態度が伝統主義的となるという結果が得られた。また、理想の服装が赤文字系であることは、直接的には職業従事志向を左右するという結果は見られなかったが、伝統主義的な性役割態度を介して職業従事志向を低めるという効果が見られた。次に、希望するライフコースを、擬似的に量的変数に見立てた職業従事志向として扱うのではなく本来の質的変数として用いて、性役割態度を統制した上でファッションの傾向との関係を調べた。その結果、ふだんの服装については、赤文字系であると「職業継続」よりも「専業主婦」や「中断再就職」を、カジュアル系であると「専業主婦」や「中断再就職」よりも「職業継続」を選ぶ傾向が見られ、理想の服装についてはカジュアル系であると「中断再就職」よりも「職業継続」を、中庸系であると「職業継続」よりも「中断再就職」を選ぶという傾向が見られた。これらの結果をもとに事後シミュレーションを行ったところ、ふだんの服装では、赤文字系→中庸系→カジュアル系と段階的に「専業主婦」を希望する人の割合が減少し、逆に「職業継続」を希望する人の割合は増加していた。ところが、理想の服装については、「専業主婦」を希望する割合は赤文字系とカジュアル系でほぼ差がなく、中庸系でもっとも大きくなり、「職業継続」の割合については、中庸系→赤文字系→カジュアル系の順に大きくなるという結果となった。この二者間の差には、ふだんの服装と理想の服装の間での、系統の移行の影響が考えられる。赤文字系・カジュアル系では、ふだんの服装と理想の服装で系統が変わらない人がほとんどであったが、ふだんの服装が中庸系の人は、理想の服装は他系統である割合が、ふだん/理想の服装の系統ともに分析に用いた人の4割以上であった。このことから、先の分析で用いた職業従事志向を、概念としてだけここでも用いると、最も職業従事志向が低いのは、ふだんの服装と理想の服装が一貫して中庸系である群であり、最も高いのはカジュアル系であると言える。現在の服装だけを見ると赤文字系で最も職業従事志向が低いが、潜在的に赤文字系を志向している層も合わせると、職業従事志向はやや高くなるという結果が得られた。