自己判断に対する多数派・少数派フィードバックが合意性過大視バイアスに与える影響:所属集団における他者との社会的距離の観点から
梅田 望
自分と同じ意見がどれくらい一般性を持っているか推測することを、合意性推定という。合意性推定の際に見られる傾向の一つに、合意性過大視バイアスというものがある。この傾向は、「自分自身の行動的選択や判断を、その状況では比較的一般的で適切なものであるとみなす一方で、それとは別の反応は一般的でなく逸脱した不適切なものとみなす」傾向と定義されている(Ross, 1977)。例えば、「朝食はパンが好き」という意見を持っている人は、「朝食はパンが好き」という意見の一般性を、「朝食はご飯が好き」という意見を持っている人より高く推測する、という傾向である。
合意性推定を行う時、他の人がどのような意見を持っているという情報は、人の統計的判断に影響を及ぼすと予測される。この予測のもとに、これまでの研究では、他者判断に関する情報が合意性過大視バイアスに影響を及ぼすとする報告(Goethals, 1986)と、及ぼさないとする研究結果(Clement, 2000)が示されている。
また、合意性過大視バイアスが社会的カテゴリーの影響を受けることが報告されている(Karasawa, 2003; Jones, 2004)。例えば、自分が学生である場合、自分と同じ社会的カテゴリーに所属する学生との間では、自分と同じ意見の一般性を高く推測する傾向があり、その一方で、例えば会社員など異なる社会的カテゴリーに所属する他者との間では、自分と同じ意見の一般性を低く推測する傾向があると報告されている。
この現象を説明する変数として、Jones(2004)は「社会的距離」という概念に注目し、この社会的距離が異なるために、社会的カテゴリーが合意性過大視バイアスに影響を与えると報告している。社会的距離とは、自己と特定の他者の間の類似性、集団の中における自己の集団代表性の程度と定義されている(Jones,2004)。
本研究で第一に採り上げた問題点は、社会的距離が社会的カテゴリーのみによって規定されるのかという点である。上述の定義に基づくと、「学生」とか「会社員」といった名義だけで社会的距離が規定されるのではなく、「学生」と「学生」の間にも社会的距離は存在すると考えられる。そこで、所属集団において多数派であると認識している場合、集団内の他者との間の社会的距離は小さく知覚され、一方で、所属集団において少数派であると認識している場合、集団内の他者との間の社会的距離は大きく知覚されると予測した。
本研究の第一の目的は、他者情報が合意性過大視バイアスに影響する条件として、「社会的距離を変化させるような」という条件が存在することを示すことであった。
また、現実場面においても、自分を社会的少数派として位置付けている人が、あらゆる側面においても自分が少数派であると感じているわけではない。従って、社会的距離はあらゆる判断に影響するのではなく、集団関連性の低い話題よりも、集団関連性の高い話題に関する合意性推定に影響すると予測した。
本研究の第二の目的は、所属集団において抱かれた自己の多数派感・少数派感が、あらゆる判断に適用されるわけではなく、集団関連性の高い範囲内で合意性推定に影響する、ということを明らかにすることであった。
本研究においては、以下4つの仮説を立てた。
T 自己判断に対する多数派フィードバックを受けた方が、少数派フィードバックを受けた方よりも、社会的距離が近く認識される
U 仮説Tにおける効果は、話題の集団関連性が低いときより、集団関連性が高いときの方が大きい
V 集団内他者との社会的距離を小さく認識している場合の方が、集団内他者との社会的距離を大きく認識している場合よりも、合意性過大視バイアスが大きい
W フィードバックと合意性推定課題の集団関連性が共に高い時のみ、多数派・少数派フィードバックが、社会的距離を媒介して、合意性過大視バイアスに間接的に影響を与える
この仮説を検証するため、2007年10〜12月に東京大学の学生122名を対象に実験を行った。分析の結果、仮説T〜Vは支持された。また、仮説Wに関して、フィードバックの集団関連性に関わらず、集団関連性の高い合意性推定がフィードバックの社会的距離を媒介変数とした影響を受けるとこが示された。従って、仮説Wは部分的に支持された。
仮説を検証した結果、本研究では、先行研究において問題となっていた、「他者情報の効果の有無」に関して、社会的距離と話題の集団関連性によって解釈が可能であることが示唆された。また、集団内の他者との間の社会的距離が変化したとしても、社会的距離は集団関連性の高い範囲内で、合意性過大視バイアスに影響することが示された。
Festinger(1954)は、人が社会で適応的に生きていくためには、自己の信念・知識の合意的妥当性を獲得していることが重要であると主張している。合意性推定は、自己の信念・知識の一般性を評価する行為として考えられ、自己の信念・知識に合意的妥当性を付与する行為としてとらえることが出来る。この点と本研究の結果をふまえ、合意性推定によって評価される信念や知識が、実際の行動に結びつく過程を示すことで、現実場面への応用の可能性を示す必要とされる。