食品リスクの内容と個人的特性が,リスク直面後のコミュニケーションに及ぼす影響

飯田聡子

 本研究は,日常生活におけるリスクの例として食品リスクに着目し,リスクに直面した際の人々の心理状態や,その後の行動について明らかにすることを目的とした。近年は食の多様化,複雑化に伴い食品の安全管理が難しくなっている時代であり,私たちは食品リスクと無関係には生活できないと考えられる。このような状況において,リスクを未然に防ぐための方法を追求することは重要だが,リスクを100%発生させないことが不可能である限り,リスクに直面してしまった後のフォロー策を講じておくことも同時に重要だろう。そこで,食品リスクの内容,そして個人的特性が,リスクに直面した後のリスクコミュニケーションに及ぼす影響について検証した。
 まず理論仮説1は,「人々はリスクに直面したとき,その内容によって,異なるリスクコミュニケーションを選択する」であった。食品リスクの内容は,未知性と生命への危険性の2次元をもとに,各々の高低の組み合わせにあてはまるよう5つの具体的な食品リスクを用いた。また,リスクコミュニケーション内容として,対人的か,専門性が高いかの2つの軸から考えた行動に,過去の経験に頼った行動を加え,計6つの行動を用いた。そして作業仮説1として,「未知性の低いリスク,生命への危険性の低いリスクについては,過去の経験や周囲の人物との対話をもとに行動する」,作業仮説2として「未知性の高いリスク,生命への危険性の高いリスクについては,高い専門性を求めて行動をする」を検証した。集めたデータを分析したところ,各食品リスクに対する認知は予想ほど平均値に明確な差異が見られなかったため,食品リスクを種類ではなく,未知性と生命への危険性の認知の高低によって扱うロバスト回帰分析を行った。
 次に,個人的特性に注目した理論仮説2として「人々の特性は,リスクコミュニケーションの選択の有無に影響を与える」を考えた。個人的特性として損害回避,新奇性追求にそれぞれ類似した概念であるBISとBASを用い,作業仮説「BIS得点が低い,またはBAS得点が高い人は,各リスクコミュニケーションを求めるよりも,過去の経験に頼って行動する」を検証した。
 以下,結果について記す。まず理論仮説1の作業仮説1については支持されず,一部仮説と反対の結果が得られた。人は生命への危険性を高く認知するほど,有意に対人的なコミュニケーションを求めた。理由として,生命への危険性を感じるリスクに対して人々は迅速な対応を求め,故に身近な人や確実に情報のある購入場所などにたずねる行動をとりやすくなる可能性が考えられた。未知性について有意な結果は得られなかった。また,未知性や生命への危険性から,過去の経験に頼る行動に対しての有意な効果も見られなかった。過去の経験に頼る行動には,年齢からの有意な効果が見られた。これは,高齢者ほど過去の人生経験が豊富なためではないかと考えられた。そこで,年齢と未知性が過去の経験に頼る行動に与える交互作用効果をみたところ,高齢者は未知性が高いリスクについては,過去の経験に頼る行動が抑制されることが有意に示された。次に理論仮説1の作業仮説2については,一部が支持された。人々は生命への危険性が高いと認知するほど,有意に専門性の高いリスクコミュニケーションを求めた。一方で,未知性が低いほど有意に食品表示を読み返す行動をとることが示され,仮説とは反対の結果が得られた。食品表示を見返したりウェブサイトを調べたりする際,全く知識がないよりも,ある程度の知識があった方が情報の探索がしやすいためこのような結果が得られたのではないかと考えられる。
 理論仮説2の作業仮説は,BASに関しては有意な結果は得られなかったが,BISに関しては仮説が支持されBIS得点の低い人ほど過去の経験に頼って行動する傾向が見られた。
 また,本研究では追加的に,リスクテイクする人の特性について検討した。その結果,楽観主義的な人ほどリスクの未知性を低く認知し,さらに若者は,未知性を高く認知していても,過去の経験に頼って行動していた。リスク情報を伝える側は,BIS得点の低い人,楽観主義的な人,若者に訴える情報の提示法を考える必要性があると考えられる。
 さらに追加的にクラスター分析を行ったところ,回答者はリスクコミュニケーションをとる群と,あまりとらない群に分けられた。つまりリスクに対して何らかの行動をとろうとする人は,どの種類のコミュニケーションにも積極的だが,反対にどの種類のコミュニケーションについても非積極的で,過去の経験に頼りがちな人がいるということが示された。2つの群の間には,最終学歴やウェブサイトの利用度に違いが見られた。よってインターネットの教育を受けた,又は日頃慣れ親しんでいるかどうかが行動に与える影響は大きいのではないかと考えられた。情報化社会の中で今後のコンピュータ教育の充実の必要性が暗に示唆されたと言えるだろう。
 以上から,本研究では食品リスクの内容,そして個人的特性は,リスクに直面した後のリスクコミュニケーションに影響を与えているということが確認された。特に,人々が生命への危険性を感じた際に対人的なコミュニケーションを求めているということは注目すべき点だろう。しかし,だからと言って全ての企業や生産者が対人的なリスクフォロー策を講じることに終始すればいいとは限らない。食品リスク以外のリスクについて,リスク直面後のコミュニケーションに人々が何を求めているのかについては今後も検討が必要だろう。