組織コミットメントと働くことに伴う不安の関係について

唐木惇生

 今回の研究の目的は主に2つである。1つ目は、働くことに伴う不安の因子構造を明らかにすることである。具体的には、働くことに伴う不安は、「企業で働き続けることができるかどうか」と考えて感じる不安と「このまま企業で働き続けても良いのであろうか」と考えて感じる不安の2因子から構成されていると想定した質問紙の回答で因子分析を行い、働くことに伴う不安の因子を解釈する。2つ目は、組織コミットメントの各要素が働くことに伴う不安の各要素に与える影響を分析することである。組織コミットメントは多次元の概念として考えられている(Meyer & Allen, 1997)が、高木・石田・益田(1997)に基づき4要素でとらえる。つまり、どのように組織にコミットしていると不安を抱きやすいのかを調べることである。
今回、組織コミットメントの他に組織にコミットする意思を問う将来への組織コミットメントという尺度およびキャリアコミットメント尺度を用いた。
 正社員を対象に分析を行った。
 Mowday, Porter, & Steers(1982)は組織にコミットすることで安心が得られるとしている。しかし、雇用のありかたが変化しているため、企業に情緒的にコミットすることが容易ではなくなるのではないかと人びとが感じるようになっているのではないかということが考えられる。このようなことから以下のような仮説1を立てる
 現在はまだ、Mowdayら(1982)が言うように、組織にコミットすることで安心が得られる雇用状況にあると考える。情緒的なコミットメントを2因子に分けて考えてみる。情緒的な要素である内在化要素と愛着要素の行動に与える影響の違いについて、高木(2003)の研究では愛着要素は組織に対して望ましい行動を促進するような影響力を持たなかったが、内在化要素が高いと、積極的発言、勤勉な行動、行事への参加、同僚への配慮などの企業にとって望ましい行動が促進されるという結果が得られている。安定した心理的な状況にあるからこそ、望ましい行動をとることができると考えるならば、内在化要素が高いほど安定した心理的な状況がもたらされるが、愛着要素は内在化要素に比べると安定した心理的な状況はもたらされないと言える。以上のようなことから以下のような仮説2と3を立てる。
 規範的要素の「コミットすべきであるからコミットする」といった意識は柔軟性のない硬直的な意識であるように考えられ、存続要素は消極的な帰属意識で、仕方なく会社にいるといった意味内容を含んでいると考えられることから以下のような仮説4、5を立てる
 仮説
 仮説1.組織にコミットしようとしている人ほど働くことに対する強い不安を抱いている。また、強い不安を抱いている人ほどキャリアコミットメントが高い。
 仮説2.内在化要素または愛着要素が高いほど働くことに伴う不安が小さい。
 仮説3.内在化要素は愛着要素よりも働くことに伴う不安との関連が強い。
 仮説4.規範的要素が高いほど働くことに伴う不安が大きい。
 仮説5. 存続的要素が高いほど働くことに伴う不安が大きい。

 以下のような結果が得られた。働くことに伴う不安は「組織との関係不安」と「組織への不安」の2因子が抽出された。「組織との関係不安」は組織と自分との関係に関わる不安を示す因子で、「組織への不安」は組織の存続そのものへの不安を示す因子である。将来への組織コミットメントは情緒的要素2因子が抽出された。
 将来へのコミットメントの2つの要素ともに働くことに伴う不安の2つの要素のどちらとも有意な相関は見られない。また、「組織との関係不安」はキャリアコミットメントと有意な負の相関があり、「組織への不安」はキャリアコミットメントと有意な相関は見られない。そのため、仮説1は支持されない。
 「組織との関係不安」への効果を調べるため、愛着要素と規範的要素と内在化要素を組み込んだモデルで共分散構造分析を行った。「組織との関係不安」に愛着的要素が負の効果を、規範的要素が正の効果を及ぼすモデルができた。内在化要素と「組織との関係不安」には擬似相関が見られた。また、「組織への不安」には存続的要素および規範的要素が正の効果があることが示された。以上のようなことから仮説2は部分的に支持され、仮説3は支持されず、仮説4は支持され、仮説5は部分的に支持された。
 今回の研究では、組織コミットメントが先行要因をコントロールしても「組織との関係不安」および「組織への不安」に有意な影響を与えているという結果が得られたが、組織コミットメントを改善することで、働くことに伴う不安は解消されうるということを示唆しているため、有効な知見である。また、行動には内在化要素が、心理的な側面には愛着要素が効果を与えるのではないかということが考えられ、組織コミットメントの情緒的要素を2因子に分けて考えることの新たな有効性を示唆しているのである。また、過去の先行研究(Cohen & Kirchmeyer、1995)においては、高めるべきものは存続的要素よりも情緒的、あるいは規範的要素であるとしているが、企業側の観点ではなく個人の福利の観点から考えると、規範的要素を高めることは必ずしも良いことではないということが示唆された。