新人保育士・幼稚園教諭の職場対人関係ストレスに関する質的研究
川崎隆
人を援助することを仕事とする対人援助職、特に教師職は、職業ストレスの極めて高い職業といわれており、教師ストレスの研究はかねてより積極的に行われてきた。ところがそういった研究の大体は対象を小中高学校の教師にしており、保育士・幼稚園教諭もまた高ストレス環境にさらされているということはしばしば報告されていたにも関らず、対象を保育士・幼稚園教諭に絞った研究はこれまでほとんど皆無であった。保育者のストレス研究は近年胎動を始めたばかりである。そして、それらの研究のいずれもが、「人間関係」が保育者の精神的健康に悪影響を及ぼしている重要な要因であると指摘している。
しかし、先行する研究は量的研究がほとんどで、「人間関係」が重要だということはわかっているものの、「人間関係」の具体的な内容、即ち、誰とのどのような関係がどういったプロセスを経て精神的健康を害しているのかについては未だ解明されていない。そういった状況を鑑みて本研究では、質的研究法を用いて、新人保育士・幼稚園教諭の職場対人関係のストレスを具体的な文脈に根差した形で説明しうるモデル図を生成すること、臨床の明示知を提示することを試みた。
合目的的サンプリングによって調査者がアクセスした対象者は、勤務年数が1〜3年の保育士3名、幼稚園教諭3名の計6名であった。そのうちの保育士1名は調査者の問いに対して実に多彩に対応するという理由から再度アクセスした。半構造化面接によって収集した7名分の言語データを、M-GTAのワークシートを使用して継続比較分析し、概念、カテゴリー、それらの関係を説明するモデル図を生成した。なお、分析の過程において質的研究法に明るい先生からのスーパーバイズを定期的に受けたが、概念名の生成及び最終的な決定は調査者自身が自身の判断に基づいて行った。
その結果、≪不安系アムアイライトループ≫と≪恐怖系アムアイライトループ≫という2つのカテゴリーを核とするモデル図が生成され、新人保育士・幼稚園教諭は、この、強いストレス性を有する2つの、先輩先生を相互作用の相手とする、悪循環に陥っている可能性があると考察された。
≪不安系アムアイライトループ≫とは、仕事に関する新人保育士・幼稚園教諭のはまりこむ悪循環のことである。それは、困難な仕事に〈立ち往生〉した新人がおこなったとりあえずの行動に対して、先輩先生が適切なフィードバックを行わないために、再び〈立ち往生〉に陥り…という、常に正否が判然とせず、Am
I right? (アムアイライト=私は合っているのか?)
と自他に問い続け、不安のつきまとう、その過程において[お荷物認識]を生成していく、循環プロセスである。≪不安系アムアイライトループ≫は仕事に関する悪循環ではあるが、その過程において先輩との相互作用が含まれるため、対人関係のストレスと考えられる。
≪恐怖系アムアイライトループ≫とは、職場における先輩先生との関係に関する、具体的には園でなされる陰口に関する、新人のはまりこむ悪循環のことである。それは、先輩先生による新人の保育の仕方や人間性に関しての批判的陰口→新人の、きっと私も陰口を言われているんだろうなぁという[陰口の的認知]→[対陰口慎重行動]→批判的陰口→… という、常に正否が判然とせず、Am
I
right?と自他に問い続け、不安よりも毒性の強い恐怖のつきまとう、したがって、≪不安系アムアイライトループ≫よりもさらにストレス性の強いと考えられる、その過程において[対先輩気疲れ]を生成していく、循環プロセスである。
なお、子どもや保護者との関係が新人保育士・幼稚園教諭の精神的健康に強い悪影響を及ぼすようなことは本研究からは考察されなかった。その他、本研究では、[お荷物認識]と[成長しなくちゃ]の循環、[対先輩気疲れ]、
[命を預かる責任感]などが新人の精神的健康に悪影響を及ぼしていると考察された。
さらに、本研究で生成されたモデルとLazarus&Folkman (1984)のストレスモデルを比較した結果、「再評定」に関してLazarus&Folkman
のモデルではコーピングは成功したという評定、または失敗したという評定の2種類しか想定していないが、それでは不十分で、成功だったのか失敗だったのか「よくわからない」という評定不能という評定の可能性を、3種類目の「再評定」として加味する必要性が考察された。
本研究の限界としては以下の5点が考えられた。即ち、精神的健康にプラスの影響を及ぼすと考えられる要因をモデルに組み込めていない点、身体的疲労をモデル図に組み込めていない点、モデル図にプロセス性が欠ける点、モデル図を現場にフィードバックしていないために妥当性が吟味できていない点、サンプル数が少なすぎる点の5点である。後続研究には、こういった点を改善していくことによって本研究が生成したモデル図を精錬していき、保育者の精神的健康の理解と援助に資することが期待される。