ジェンダーステレオタイプにおける心理的リアクタンスの効果―性役割規範の押し付けが女性に与える影響の検討―

中丸綾子

 1999年の改正男女雇用機会均等法を初めとして、近年、女性の社会進出が社会的、制度的に進められてきた。多くの世論調査が報告するように、人々の価値観においても、「男は仕事、女は家事・育児」という伝統的性役割規範が徐々に薄れつつあり、特に女性においては、平等主義的な性役割規範をもつ者が増えている。だがその一方で、現実には職場や家庭などのあらゆる局面で男女間格差が残存しており、結婚後の家事や育児の負担は、女性の側に一方的に集中していることもまた、さまざまな研究が示唆するとおりである。このように現代の世の中には、伝統的な性役割規範の残存と、それに対する反発運動でもある平等主義的な価値観の主張との、相反する価値が拮抗していると考えられる。
 本研究の目的は、このような、相反する性役割価値観が混在する現代において、女性が自身のライフスタイルをどのように決定し、その自己決定に際して他者からどのような影響をうけるかということを検討することにあった。特に、「専業主婦」や「キャリアウーマン」という単一の価値を押し付けるような言説に対して、女性がどのように反応し、自分の立ち位置を定めるのかということが、本研究の主な検討課題であった。
 価値や意見を押し付ける説得メッセージが押し付けられたとき、説得の受け手は自分の選択の自由が脅かされたと感じ、その自由を回復するために、説得に反発することが知られている。このような、説得に対する受け手の反発は、心理的リアクタンスと呼ばれる(Brehm, 1966)。心理的リアクタンスがおこると、説得の送り手に対する敵意や、問題に関する自己決定意欲の高まり、禁止された行動の魅力度の増加が見られ、特にリアクタンスが強い場合には、説得と逆の方向への態度変容(ブーメラン効果)が観察されることが知られている(Hovland, 1949, 今城, 1995など)。本研究では、心理的リアクタンスの知見に基づき、「専業主婦」あるいは「キャリアウーマン」を押し付ける説得的なメッセージを用意し、そのメッセージに触れた後の、女性の態度変容について検討した。なお被験者は、女子大学生200名(うち有効回答数178)であった。
 その結果、「専業主婦」を奨励するようなメッセージを与えたときに、説得の送り手に対する敵意や、自己決定意欲の高まりが強く検出され、また、家事・育児の魅力度が下がり、仕事の魅力度が上がるという、説得と逆方向の態度変容が見られた。「キャリアウーマン」を奨励するメッセージに関しては、自己決定意欲の高まりは見られず、仕事の魅力度に関しても変容は見られなかったが、説得の送り手に対する敵意が生まれ、また、説得によって禁止された、家事や育児の魅力度が増加していた。このことから、「専業主婦」を奨励するメッセージでは、強いリアクタンスが喚起され、結果としてブーメラン効果が起こることが示唆され、「キャリアウーマン」を奨励するメッセージでも、微弱ながらリアクタンスが喚起されたことが示唆された。またリアクタンス喚起の程度が弱い場合でも、禁止された行動の魅力度の増大は比較的検出しやすいこと、リアクタンス喚起の程度は、説得メッセージがもともとの被験者の態度に近い場合よりも、遠い場合のほうが強くなることなどが確認された。
 この研究結果から、女性に「専業主婦」という伝統的な価値観を押し付ける言説は、送り手への敵意というネガティブな感情を女性にもたらすだけでなく、家事や育児に否定的に捉える傾向を強めることが示唆された。また、本研究では十分に検出されなかったが、「キャリアウーマン」という価値の押し付けも、女性の価値観を説得と逆方向に変容させることが示唆された。真に平等主義的な世の中とは、男性も女性も、「性」という概念とそれに基づく役割規範にとらわれず、自分の望むままに、自分の生き方を決定できる世の中であると考える。しかし、女性の生き方に関するさまざまな言説が、説得と逆方向というある一定の方向に女性を方向付けし、本当の意味での自由な自己決定を困難にしている可能性があることを、本研究の結果は示唆している。