リスク回避傾向が寛容性に与える影響 ―異質な他者を『リスク』とみなすことが社会に何をもたらすか―

中山奈緒子

 コミュニケーションにおけるリスク回避傾向は、対人不安の領域で古くから扱われてきた。しかし強い対人不安を感じながらも、十分な社会的スキルを有し、形の上では対人関係の中に留まり続けることが可能な人びとについては、あまり問題視されてこなかった。
 彼らの最大の問題は、自分と異質な他者の意見や価値観との接触をリスクと認知し、そこから逃避してしまうことであると考えられる。逃避のための一つの戦略は、コミュニケーションにおいて相手の気持ちを黙って察することに重きを置き、実際の発言や行動を抑制することによって対立や葛藤を回避することである。もう一つの戦略は、自分と比較的同質な考え方や価値観を持った人との相互作用を選好することである。
 しかし自分と異なる社会的属性や立場をもった人びととの交流は、異質な他者に対する寛容性を高め、社会関係資本の醸成とも深いかかわりを持つと考えられる。リスク回避傾向が、社会関係資本や寛容性を損なうことは、個人にとっても社会にとっても解決すべき問題であると考えられる。
 コミュニケーションにおけるリスク回避傾向が、ネットワークの多様性を抑制することを通じて寛容性を抑制するという仮説を検証するため、2008年10月に東京都で大学生を対象とした質問紙調査を行った。有効回答数は214であった。
分析の結果、リスク回避傾向の一つである拒否回避傾向は、信頼型寛容性を直接的に抑制する効果を持っていた。また拒否回避傾向は、ネットワークの多様性を抑制することを通じて信頼型慣用性を抑制する効果も有していることが確認され、仮説は支持された。
 拒否回避傾向の低さとネットワークの多様性は、現在自分にとって身近な他者が自分と異なる意見や価値観を持っていることを許容するという意味での寛容性だけでなく、異質な他者が新たに自分の友人や親友になることを許容するという意味の寛容性も高める効果を持っていた。つまり拒否回避傾向が低く寛容性の高い人びとは、更に異質他者を含んだネットワークを拡げ、寛容性を高めることができると考えられる。
 逆に拒否回避傾向の高い人びとは、寛容性を高められるような機会からも遠ざかっていることが示された。また彼らの寛容性の低さは、単に異質他者とも安全に共存できるような社会制度を整備するのみでは完全に解決されない可能性があることも示唆された。
 また、寛容性には異質他者との相互理解に基づくものと、他者への関心の低さに基づくものとが同時に存在している可能性が示唆された。踏込回避傾向の低さは前者を促進し、後者を抑制する。
 リスク回避は重要な心理傾向であるが、リスク回避への過度の注目よりも、異質他者との交流を積極的に楽しむこと、些細な対立や葛藤にこだわり過ぎないことが、自分にとっても他者にとっても生きやすい寛容な社会を実現することに繋がると考えられる。