テレビCMがジェンダーに関する価値観に与える影響
杉山晴菜
本研究では、テレビCMが機能訴求広告からイメージ広告へと変化するにあたり、テレビCMの背景やメタ・メッセージが視聴者の価値観にどのような影響を与えるか、その効果を調べるために、ジェンダーに関する価値観を題材として調査を行った。
まず、ジェンダーに関する価値観への効果をみるにあたって、そもそもの個人がもっている性役割観に関係するものを取り上げ独立変数として設定した。それが、ベムのBSRIであり、男性性・女性性という、自己概念として「男性らしさ」「女性らしさ」をどの程度受容しているかを測定するものであった。そして、男性において男性性が高い人、女性において女性性が高い人は、ジェンダー・スキーマを認知や行動の基準として用いる傾向があることから、これらの人々は伝統的な性役割のジェンダー・メッセージを含んだCMを見ることによって、CMに対する共感度が高まり、伝統的な性役割態度が強まることが考えられた。これは、ジェンダー・スキーマを用いて判断を行いやすい人は、CMで提示されている伝統的な性役割を身にまとった登場人物に対する共感(自己同一視)が強くなることと、その共感という情動によって伝統的な性役割への態度がより強化されると考えられるからである。よって、仮説1は「性ステレオタイプ自己認知が自己の性別と一致している人は、中立的CMよりも伝統的なジェンダーCMの場合において、CMに対する共感度が高まることにより、伝統的性役割態度が強化される」である。
さらに、ジェンダー・スキーマに認知や行動が影響されにくい人、自己の性別と性ステレオタイプが一致していない人は、伝統的な性役割を身にまとった登場人物へ共感することがなく、またむしろ、異なる価値観の提示に反発する形で平等主義的な性役割態度が強化されるのではないかと考えられた。そこで仮説2は「性ステレオタイプ自己認知が自己の性別と一致していない人は、中立的CMよりも伝統的なジェンダーCMにおいて、CMに対する共感度が低くなることにより、伝統的性役割態度に対する反発が強くなる(平等主義的な性役割態度になる)」である。
これら仮説を検証するために、CM動画を再生し質問に回答してもらうという実験的なネット調査を実施し、回答者(300人)を伝統的なジェンダーCM群と中立的なCM群の2群にランダムに分類した。
その結果、性ステレオタイプ自己認知が自己の性別と一致している人は伝統的な性役割態度得点が高くなることが示され、また性ステレオタイプ自己
認知が自己の性別と一致している人は、不一致である人よりもCMに対する共感度が高まることが示されたが、伝統的なジェンダーCM・中立的なCMのどちらに対しても共感度が高まることとなりCMによる差異は認められなかった。
しかし、本研究において用いた自己の性別と性ステレオタイプの一致度を測定するための男性性尺度を詳しく調べてみると、男性性得点の低さが「周囲との意見の相違が気になる」という項目と非常に相関が高いことから、協調性や流されやすさといった概念を含めて測定していることが考えられた。そして、その協調性が高いと自己認知している人(男性性得点が低い人)は、伝統的なジェンダーCMに共感すると、伝統的な性役割態度得点が高くなるということが示され、この交互作用効果は中立的なCMの場合には見られない効果であり、また、男女関係なく全回答者においてこの分析結果が成立した。
このことら、性ステレオタイプをどの程度自己概念に受容しているかということを元にしたジェンダー・タイプおよびジェンダー・スキーマの議論に際しては、男性性尺度得点の低さに協調性・流されやすさという別の性質が含まれていること、さらにはその他の概念や性質が男性性尺度だけでなく女性性尺度に関しても含まれている可能性があるため、今後の研究においては、これらの点を考慮した上でジェンダーと自己概念の関係について論じていく必要があると考えられた。