脆弱な現実感 −社会が我々のリアリティーに与える影響−

立川優理

 本研究では、「我々が抱く“正しさ”についての感覚」、「情報に対する信頼度とその情報に基づく行動との関係」、「情報への信頼度およびその情報に基づく行動を抑制するような心理変数」について検討した。

 本調査を通じて明らかになった点は以下の通りである。
 第1に、我々は呈示情報に対し、それがたとえ理論的根拠の希薄な、信憑性の薄い情報であったとしても、ひとまず“正しい”と判断してしまう傾向があることを示した。既知の情報とは相反する追加情報を呈示した際も、たとえ呈示前の信頼度が高い群であったとしても、元来の情報に対する信頼度は有意に下がっていた。これは、与えられる情報を無条件に受け入れとりあえず“正しい”と判断しやすい、という傾向を示唆しているといえる。
 第2に、情報源がその情報の信頼度に及ぼす影響の検討では、呈示情報が複数の異なる性質をもつと想定される情報源によって構成されていたため、それぞれの情報源自体がもつ信頼度への効果を測ることは難しかった。とはいえ、学校で教えられた知識としての情報が高い信頼度と関連していること、あるいは家族内の会話を通して情報を得ることが、なかなか信じがたい情報に対する信頼度を維持することに関連していることなどが、今回の結果からみてとることが出来た。
 第3に、先行研究同様、今回の調査でも“正しい”と判断することが、その判断に基づいた行動を行う傾向を高めることが示されていた。つまり、情報に対する“正しい”という認知は、単に認知レベルに留まるのではなく、行動として社会に表出し、現実世界に何らかの影響を及ぼすと考えられる。それだけに、我々は個々人が持つ“正しさ”についての感覚を鍛える必要があるといえよう。当然、こうした“正しさ”の認知に完璧なまでの正確さで臨むことは不可能である。しかし、少なくともその事実に自覚的であることは必要不可欠な時代になっているのではないだろうか。
 第4に、情報への信頼度を抑制するような心理変数について検討したが、今回取り上げた「自己確立度」、「認知的熟慮性」、「認知欲求」、そのすべてにおいて、全情報の認知および行動に共通する有意な効果を持っているものは見出せなかった。つまり、今回の調査では、我々の情報に対する“正しさ”の認知や行動を抑制する変数を見つけ出すことは出来なかったといえる。しかし、すでに確固たる行動パターンを個人内で擁していることに関わる情報においては自己確立度が行動抑制に効果を持つこと、自らの経験を重視する傾向が強い情報以外においては、認知的熟慮性が信頼度および行動の抑制につながること、そして、知識的側面を持つ情報においては認知欲求が信頼度の抑制につながり、間接的に行動を抑制することが示された。これらの心理変数を信頼度や行動を抑制する普遍的なモデルとしては説明できなかったが、一部の情報における信頼度や行動に対しての有意な効果を確認できたとはいえよう。
 第5に、追加分析の結果、認知的熟慮性が高い人ほどすべての情報源を疑う傾向が高く、情報に対する信頼度も低い傾向があることが分かった。しかし一方で、認知的熟慮性が高い人ほどすべての情報源を考慮する傾向も高く、その結果情報に対する信頼度が低い傾向を示していた。これは、認知的熟慮性の尺度に物事を深く考える傾向を測るだけでなく、様々な情報を検討する傾向を測っていたことによる結果であると考えられた。また、この分析によって、男性ほどすべての情報源に対して懐疑的な傾向があること、あるいは自分自身の調査・経験を特に重視する傾向があることが分かった。同時に、女性ほどすべての情報源を高く考慮する傾向があること、あるいは周囲からの情報を重視する傾向があることも示されていた。

 なお、最後に今後の研究の必要性について、いくつかの指摘をしておきたい。
 第1に、本研究では、それぞれの情報源が情報に対する“正しさ”の認知に及ぼす影響を明らかにしたいと思いつつも、そもそも設定していた前提に沿った結果が得られなかったため、十分な分析が出来なかった。これは、どの情報を選択し呈示するかを判断する際に、調査者の主観的な判断のみを用いてしまったことが原因であったと考えられる。本調査に先立って、幅広い情報を対象にそれぞれの情報源構成を検討し、その上で、呈示情報を決定していくこと必要があるだろう。
 第2に、本研究では、未だ仮説段階であった誤認知を抑制するための要因が実際に持つ効果を明らかにするため、既存の尺度に置き換えて検討した。しかし、考察の中で明らかになったように、既存の尺度を用いた場合には、同じ尺度の中に調べたい要素と相反する要素が含まれてしまう危険性が高い。今回一部の情報にのみ影響を及ぼしただけで、全情報において普遍的に説明可能な効果が見られなかった原因もそこにあったことが想定される。私たちの誤認知を抑制する、あるいは“正しさ”についての適切な感覚を持つためのヒントとして過去提案されてきた様々な方略の有効性を検討する上では、過去の提案内容から自ら尺度を作るほうが望ましかったのかもしれない。今後、尺度を作成し、事前調査において改めてその心理変数としての妥当性を検討する必要がある。
 第3に、本調査では、追加情報呈示後の分析として信頼度の変化のみしか行わなかった。しかし、情報に基づく行動量の変化、および、これまで考慮してきた情報源への信頼度を分析することで、複数の視点からの情報を持つことが、行動や情報源に対する評価にどのような影響を持っているのか明らかにすることが出来るだろうと考えられる。今回のように、単回の質問紙調査では、追加情報呈示後の変化を測定することは出来なかった。今後は情報呈示後の変化を観察するといった意味で、一定期間を挟んだ2度の調査を行う必要があるだろう。