日本の経済格差および生活保護制度への態度に影響する心理学的要因の検討

田村圭香

 経済大国といわれる現代の日本において、近年、貧困や格差が急速に拡大しており、政府にはセーフティネットの充実が求められている。人々の意識は、企業の戦略や政府の政策がとりうる可能な範囲を規定するため、これら経済格差、および、セーフティネットに対する国民の意識を問うことは、政策に対する提言への一助となるだろう。本調査では、セーフティネットの具体策である生活保護制度を取り上げた。
 貧困や不公平感に関する実証的な個人の態度研究として、Zucker&Weiner(1993)、Cozzarelli, Wilkinson & Tagler(2001)や1995年SSM研究があり、不公平感および格差是正策には、分配原理(政治イデオロギー)・貧困にいたる原因帰属・正当世界信念・生活満足度などが影響することが示された。しかし不公平感、および。格差是正策の具体的な内容まで検討したものは少ない。
 そこで、本研究は、生活保護に対する援助への態度を規定する要因を明らかにすることを目的とした。具体的には、1)生活保護制度に対する態度に直接影響する要因として、経済的不公平是正感および、生活保護受給にいたる帰属原因を取り上げ、それらの役割を検討すると共に、2)経済的不公平是正感、および、原因帰属を規定する要因として、理想的分配原理、現実的分配原理、不公平感、現状満足感、正当世界信念の役割を検討した。その際、不公平感および是正感の対象を、具体的に明らかにすることも試みた。
 仮説として、1つめに経済的不公平是正感を取り上げ、まず「分配原理の理想と現実感の差異が大きいほど、現状に不満であるほど、低学歴・低所得であるほど、また女性の方が、経済的不公平を感じる」、そして「経済的不公平を感じるほど、政治イデオロギーがリベラル的であるほど、不公平を是正する必要性を感じる」「正当世界信念が強いほど、保守的であるほど、権威主義的であるほど、不公平を是正する必要性を感じない」、さらに「不公平是正の必要性を感じるほど、生活保護に対する援助への態度は肯定的である」と予測した。2つめに生活保護需給にいたる帰属原因を取り上げ、まず「リベラル的であるほど、生活保護受給にいたる原因を社会的要因に帰属する。」「保守的であるほど、権威主義的であるほど、正当世界信念が強いほど、生活保護受給にいたる原因を個人的要因に帰属する。」、そして「生活保護受給にいたる原因を個人的要因に帰属するほど、生活保護に対する援助への態度は否定的である」「生活保護受給にいたる原因を、社会的要因あるいは運命的要因に帰属するほど、生活保護に対する援助への態度は肯定的である」と予測した。
 2008年10-11月、埼玉県戸田市において、20歳以上70歳以下の男女800人を対象として郵送調査を実施し、有効回答者数は330人(回収率41.7%)であった。
 分析の結果、まず、分配原理の理想と現実の差異を感じたり、現状に不満を感じたり、学歴が低いほど、個人で統制不可能な財の分配(年金・介護保険料・給与)に対して不公平を感じやすいことが分かった。また、不公平を感じたり、保守的であるほど、不公平を是正する必要性を感じ、生活保護にも肯定的であった。反対に、世界の正当性を信じたり権威主義的であるほど、不公平を正す必要性を感じず、生活保護に対する援助にも否定的であった。一方、個人で統制可能な財の分配(遺産相続・土地・株や電子マネー)に対して、このような不公平感の連鎖は起きにくかった。次に、日本における主な生活保護受給にいたる原因は、社会的要因とみなされていることが分かった。特に、リベラルあるいは高学歴であるほど社会的要因に帰属し、生活保護に対する援助に肯定的であった。反対に、世界の正当性を信じるほど個人的要因に帰属し、生活保護に対する援助に否定的であった。保守派および権威主義派は、一貫した原因帰属傾向がなかった。最後に、全体として、低所得であるほど生活保護に対する援助に肯定的であったが、性別および学歴に関しては、一貫した傾向はなかったと言える。
 能力主義や成果主義の導入が議論される中、日本では未だ地位・階級に基づく権威主義的な分配が主に行われており、その結果生じる格差に対して不公平を感じる人々が存在することが認められた。また、従来格差是正策には消極的だと考えられてきた保守派は、現在むしろ積極的であると示唆された。市場経済および社会福祉において、権威主義に代わる、新たな分配原理の導入が必要とされている。そして生活保護制度を推し進めていくにあたっては、高所得層の支持を取り付けることができるかどうかが重要であろう。