大学生の無気力(スチューデント・アパシー)に関する社会心理学的研究

木村 充

 一過性の無気力とは異なる,スチューデント・アパシーという大学生の独特の無気力の存在が指摘されるようになって久しく,基本的概念が未確定であるにもかかわらず適用対象が拡大され,その概念は混乱している状態にある。下山(1995)は,そのような状況を整理し,一般大学生の無気力は,一時的な不適応状態である「一般的な無気力」と,心理障害としてのスチューデント・アパシーと重なる可能性のある「障害としてのスチューデント・アパシー」に区別され,両者にはそれぞれ異なるプロセスが存在することを示唆した。そうであるならば,両者の形成には異なる要因が関連していると考えられる。そこで,本研究は,一般大学生の無気力の構造を確認し,さらに大学生の無気力を心理的ストレス反応であると仮定し,心理学的ストレスモデル(Lazarus & Folkman, 1984)および素因ストレスモデル(Metalsky et al., 1987)によって検討することで,両者の構造の違いを探ることを目的としていた。
 本研究では,大学生を対象に授業時間を用いた集団的な調査を行った。その結果,170名(男性84名,女性86名)から有効回答を得た。
 スチューデント・アパシーは男性特有の発達障害であるとされている。分析の結果,男性の方が学生生活に対する実感がなく,女性の方が学業に関する意欲が低かった。先行研究では研究対象を男子大学生に絞ったものが数多く見られるが,本研究では大きな性差は見られず,男女を分けることなく分析を進めた。
続いて,大学生の無気力の構造を明らかにするため,共分散構造分析による因果モデルの推定を行った。その結果,授業に対する意欲の低下から学業に対する意欲の低下へと至る過程と,学生生活の実感がなくなり,大学自体に対する意欲が低下する過程に区別されることが推測された。それらはそれぞれ,下山(1995)の指摘する一時的な不適応状態である「一般的なアパシー」と,心理障害と重なる可能性がある「病理的なアパシー」であると考えられる。
 日常的ストレッサー経験と大学生の無気力との関連を検討した結果,大学生の無気力が心理的ストレス反応であり,「一般的なアパシー」と「病理的なアパシー」ではそれぞれ関連するストレッサーが異なっていることがわかった。「一般的なアパシー」には,他人から不愉快な目にあわせられるといった対人ストレスを日常的に経験している者ほど陥りやすく,「病理的なアパシー」には,自分の将来についての不安といった実存的なストレスを日常的に経験している者ほど陥りやすいと考えられる。
 また,コーピングと大学生の無気力との関連を検討した結果,大学生のコーピングスタイルは5つの群に分類することが可能であり,誰かに話を聞いてもらうことで情緒的な解決を図ろうとする「カタルシス」の得点が低い群において,病理的アパシー得点が有意に高いことが示された。
 さらに,ソーシャル・サポートと大学生の無気力との関連を検討した結果,ソーシャル・サポートが大学生の無気力を低減させることが示された。「一般的なアパシー」は,家族からの情緒的サポートにより低減されること,「病理的なアパシー」は,家族からの情緒的サポートおよび友人からの情緒的サポートにより低減されることがわかった。そして,「病理的なアパシー」に対してはソーシャル・サポートが緩衝効果をもつことが明らかになった。
 さらに,5因子性格と大学生の無気力との関連を検討した結果,「一般的なアパシー」では,活動水準の高さを表す「外向性」と情緒の不安定さを表す「情動性」が正の関連を,統制的・合理的に物事を行う傾向を表す「統制性」が負の関連をもち,「病理的なアパシー」では,情緒の不安定さを表す「情動性」が正の関連を,活動水準の高さを表す「外向性」,人との共感的・協調的な関係を表す「愛着性」,統制的・合理的に物事を行う傾向を表す「統制性」,好奇心の強さや現実からの離脱を表す「遊戯性」が負の関連をもつことが示された。
そして,素因ストレスモデルにより,5因子性格と日常的ストレッサー経験の交互作用と大学生の無気力との関連を検討した結果,「一般的なアパシー」は,愛着性の低い人が対人的なストレスを多く経験した場合,外向性の高い人が実存的ストレスを多く経験した場合,情動性の高い人が実存的ストレスを多く経験した場合に陥りやすい傾向にあり,「病理的なアパシー」は,愛着性の低い人が物理・身体的ストレスを多く経験した場合,遊戯性の低い人が物理・身体的ストレスをあまり経験しなかった場合に陥りやすい傾向にあることが明らかになった。
 本研究の結果,心理学的ストレスモデルおよび素因ストレスモデルによって,大学生の無気力の構造が「一般的アパシー」と「病理的アパシー」の2つに分類でき,また性格特性,ストレッサー,コーピング,ソーシャル・サポートといった心理的ストレスに関連する諸要因が「一般的アパシー」と「病理的アパシー」に与える影響が明らかになった。以上の知見は,心理的ストレスとしての大学生の無気力の発生過程を予測する上で有用なものであると考えられる。