顕在的自尊心と潜在的自尊心の齟齬と行動選択の関係について
大山智也
自尊心研究は自己に対する態度に関する研究として、今やその高低だけでなく、安定性や力動性といった自尊心の持つ様々な属性まで含めて検討することによって、他の多くの特性との関連についてより詳細な知見をもたらし、活発な議論を生み出す動力となっている。そのような自尊心の指標の中で、自尊心が自己に対する態度であることに注目することによって、顕在的自尊心と潜在的自尊心という捉え方が出てきた。すなわち、質問紙などの自己報告形式の尺度によって測定される態度だけではなく、自己呈示や評価懸念などの影響の及ばない、自身でも意識し得ない自己への潜在的態度を測定し、利用しようという考えである。このような指標はIAT(Implicit
association test:
潜在的連合テスト)と呼ばれ、Greenwaldらによって考案された。この指標を用いて測定された潜在的自尊心とローゼンバーグの自尊心尺度などの顕在的指標を用いて測定される顕在的自尊心の齟齬、不一致によって生まれる不快感が、自尊心の安定性を損ない、攻撃性やナルシシズム傾向、内集団ひいきといった防衛的な特性と結びつきやすく、精神的・肉体的な健康の水準の低さと関連することなどがJordan
et al.(2003)やSchroder-abe et al.(2007)によって明らかにされた。
本研究はこの結果に基づき、顕在的自尊心と潜在的自尊心の齟齬がもたらす防衛的な態度や自尊心維持方略について調べた。具体的には、自己にとって重要な領域における他者との競合において、様々な相手と対峙したときに感じるためらいの大きさや勝利、または敗北後の自信の変化を質問紙を用いて測定し、ローゼンバーグの自尊心尺度とIATを用いて測定した顕在的自尊心、潜在的自尊心との関連について分析した。その際、以下の7つの仮説を立て、検証した。 1、高い顕在的自尊心を持つ者のうち、潜在的自尊心の低い者は、潜在的自尊心が高い者よりも実力の高い相手との競合に対して感じるためらいは大きくなるだろう。 2、高顕在的自尊心者のうち、低い潜在的自尊心を持つ者の方が、実力の低い相手との競合に対して感じるためらいは小さくなるだろう。 3、さらに高顕在的自尊心かつ低潜在的自尊心者は、実力の低い相手に勝利した際に、高い潜在的自尊心を持つ者よりも自尊心を高揚させるだろう。 4、顕在的自尊心の低い者は、高い顕在的自尊心を持つ者よりも実力の高い相手との競合に対して大きなためらいを感じるだろう。 5、低い顕在的自尊心を持つ者のうち、潜在的自尊心の高い者は実力の高い相手に対して感じるためらいは小さくなるだろう。 6、低顕在的自尊心者のうち、高い潜在的自尊心を持つ者の方が、実力の低い相手との競合に対して感じるためらいは大きくなるだろう。 7、低顕在的自尊心かつ高潜在的自尊心者は、勝利した際に潜在的自尊心が低いものよりも自尊心を高揚させるだろう。大学生89名を対象とした実験の結果、自分より競技歴の長く、実力も高い相手との競争を想定した際に感じられるためらいの大きさに対して、顕在的自尊心低群における潜在的自尊心の効果と、潜在的自尊心高群における顕在的自尊心の効果が見られた。また、自分より競技歴が長いが、実力は低い相手に対して感じるためらいの大きさについて、潜在的自尊心高群における顕在的自尊心の効果が見られた。さらに、自分と競技歴の長さが同じでありながら、自分より実力の高い相手に対して感じるためらいの大きさについて、顕在的自尊心低群において潜在的自尊心の効果が見られた。仮設については支持されなかったが、以上のことから低い顕在的自尊心かつ高い潜在的自尊心を持つ者は、勝ち目の薄い相手に対して顕在的・潜在的ともに高い、あるいは低い自尊心を持つ者よりも大きな脅威を感じやすいことが示された。これにより、顕在的自尊心と潜在的自尊心の齟齬を感じている者は両者が一致している者よりも自尊心脅威を感じやすく、防衛的態度をとる傾向にあるということが実証され、また、顕在的指標によって測定された自尊心だけでなく、潜在的自尊心まで含めた検討を行うことにより、自尊心の性質とそれがもたらす効果について詳細な知見を得られる可能性が示された。