援助者と被援助者の認知・感情の不一致について―返報の有無による効果―

田中明美

 これまでの援助行動に関する研究は、援助者の立場か被援助者の立場かのどちらか一方に立って援助行動を研究してきた。そのため、援助者と被援助者の両方の立場から援助行動について研究したものは少ない。しかし、援助行動を活性化し、援助者にとっても被援助者にとっても援助行動をよいものにするためには、両者の援助行動への認知は一致しているほうが望ましいと考えられた。そこで、本研究では援助者と被援助者の援助への認知や感情の一致・不一致について扱った。
 本来、援助は社会的に望ましい行動であり、被援助者に肯定的な結果をもたらすと考えられる。しかし、援助によって被援助者が負債感や劣等感などの否定的な感情を抱くこともある。衡平理論に基づくと、そうした否定的な感情を解消する方法として、援助者にお返しをする、援助者の行った行為を低く見積もる、といった行動を被援助者は取ると考えられる。ゆえに、返報の有無によって、援助や援助者に対する認知や感情が変化すると考えられた。さらにこの返報の効果は心理的負債感を感じやすい人ほど、出やすいものであると考えた。本研究の仮説は以下の5つであった。(1)援助時のポジティブな感情は返報の有無に関わらず、援助者のほうが高く推測するが、返報があると、ないときよりポジティブ感情は高く捉えられる。(2)援助時のネガティブな感情は返報がないとき、被援助者が感じているより低く援助者は推測するが、返報があるときにはその差が小さくなる。(3)援助に対して返報がないときは被援助者より援助者のほうが援助を適切だとするが、返報があるときはその差が小さくなる。(4)援助者に対する印象は返報がないときは援助者より被援助者のほうが低く評価するが、返報があるときにはその差は小さくなる。(5)援助者に対する魅力は返報がないときは援助者より被援助者のほうが低く評価するが、返報があるときにはその差は小さくなる。
 そこで、独立変数を「立場」「返報」「心理的負債感」とし、従属変数を「援助の適切さ」「援助時の被援助者のポジティブな感情」「援助時の被援助者のネガティブな感情」「援助者に対する印象」「援助者に対する魅力」として、質問紙によるシナリオ実験を行った。シナリオは3種類の援助場面をそれぞれ援助者の視点から見たシナリオと被援助者の視点から見たシナリオに分け、さらに援助者に対して被援助者が返報をするシナリオと返報をしていないシナリオに分け、計12種類のシナリオを作成した。回答者は210名であり、「援助・返報有り条件」「援助・返報無し条件」「被援助・返報有り条件」「被援助・返報無し条件」に無作為に配分された。
 仮説を検討するため、シナリオごとにそれぞれの従属変数に対して、被験者間3要因(立場・返報・心理的負債)分散分析を行った。その結果、一部、衡平理論を支持する結果が得られたが、仮説をそのまま支持するような結果は見られなかった。以下、立場の主効果や返報の効果、心理的負債感の効果が仮説のように出なかった理由を考察した。
 立場の主効果が松浦(2007)とは逆の方向に出た。つまり、被援助者のほうが援助者よりも援助を適切だと判断した。この理由として、シナリオにおける表現方法や、援助の必要性が関係していると考えられた。返報の効果が仮説のようには出なかったのは、本実験で用いたシナリオ自体のもつ援助の必要性が低く、心理的負債感を感じにくかったと考えられた。心理的負債感の効果については、個人特性で測っており、その効果は援助の必要性によって、そして立場によって出方が異なることが推察された。援助の必要性や立場との関係について仮説を立てた上で研究する必要があったと言えるだろう。
他にも、本実験で得られた結果からいくつかのことが推察された。1つは本実験で用いた「適切さ」「ポジティブ感情」「ネガティブ感情」「印象」「魅力」といった項目は返報や援助の必要性の影響を同じように受けるわけではないということである。2つ目は、援助者と被援助者も返報や援助の必要性の影響を同じように受けるわけではないということである。3つ目は心理的負債感の高い人と心理的負債感の低い人では返報や援助の必要性の影響の受け方が異なるということである。4つ目は援助者と被援助者では同じ項目であってもその判断に起因するものが異なるということである。
 本実験では、シナリオ間での相違が見られたことからも、援助の必要性についての考慮が必要であったと考えられた。さらに、適切さ・ポジティブ感情・ネガティブ感情・印象・魅力に対する立場や返報の効果は、援助の必要性と、援助によって生じる心理的負債感、返報の大きさや援助の必要性との関係性、立場などの要因のバランスによって、異なることが推察された。
 以上のように本実験で推察されたことを考慮に含め、シナリオではもっと必要性の高い援助について扱うことが今後必要である。