懸念的被透視感が欺瞞認知に及ぼす影響について

内田菜美子

 相手が嘘をついていると考えるときの手がかりとして、相手とのコミュニケーションの際に現れる行動特徴がある。だが、行動特徴の解釈は人それぞれである。このような多義性は、話し手の置かれる状況だけではなく、受け手の置かれる状況や感情によって引き起こされると考えるべきである。また、日常生活において、嘘はコミュニケーションという相互的行為の中で生起する出来事であることを考えると、欺瞞認知も話し手と受け手双方の事情によってその様相が変わることが予想される。一口に嘘といっても、日常にはさまざまな嘘が溢れている。そこで本研究では、真実を伝えてはいない「虚偽性」、話し手が相手を騙そうとする「意図性」、対人コミュニケーションにおいてネガティブな効果をもたらす「望ましくなさ」の3点を満たしているものを嘘あるいは欺瞞として定義する。これまでの研究では、相手の嘘を見抜く客観的真偽についての研究が主であったが、実際に嘘を見抜くことは容易ではない。そのため、実際にはわからないが、自分が嘘であると思う主観的真偽について検討する。嘘に関わる内的状態をあらわすものとして、内面の被知覚に注目する。太幡(2008)では、相手に気づかれたくないことがある時、その相手との相互作用の中で、気づかれたくないことを気づかれてしまったかもしれないと感じることは、懸念的被透視感と定義している。本研究では、懸念的被透視感の規定要因と、欺瞞が発生するような対人コミュニケーションにおいて、受け手が懸念的被透視感を感じる場合の欺瞞認知について検討した。さらに、性差や個人差変数との関連についても、あわせて検討する。対人コミュニケーションにおいてネガティブな感情を相手に対して抱いた場合、相手に対する印象を低下させることによって均衡を保とうとすると考えられる。そして、欺瞞が生起しやすい状況において、懸念的被透視感というネガティブな感情を相手に対して抱く場面では、相手に対する印象をネガティブにする(相手が嘘をついていると考える)ことで均衡を保とうとすることが推測される。また、親密な相手ほど透明性の錯覚が起こりやすく(武田・沼崎、2007)、親友などの親密な相手との間では欺瞞が生起しにくい(村井、1998b)という知見を援用すると、相手に対して気持ちを伝えたい場合、相手が自分の思いを察してくれているという状況は、受け手に親密さを想起させると考えられる。そのため、親密さが生起することによって、相手に対する欺瞞認知が低下しやすくなると考えられる。
 実験は、質問紙によるシナリオ実験を行った。実験参加者は大学生で、男性60名、女性45名、不明が5名だった。平均年齢は21歳、18歳から29歳の大学生が実験に参加した。被透視感についての実験操作はうまくいかなかったが、懸念感・被透視感ともに話し手への事前の疑惑によって影響を受けることが確認された。自分に対する信頼感が低いほど、被透視感を起こしやすいという結果からも、被透視感が直接の指摘などの外的要因によってではなく受け手の内面的状況に左右されるものだということを示唆している。懸念感・被透視感の高低によって群分けしたものを独立変数とし、欺瞞認知を従属変数として分散分析をおこなった。その結果、懸念的被透視感が高いほど欺瞞認知が高くなるという傾向が確認された。また、懸念感が低い場合には、被透視感が高いほど欺瞞認知が低くなるという傾向が示された。相手から一方的に影響を受けるだけではなく、自身が抱いている考えや感情などの個人内での動きが対人コミュニケーションに影響を及ぼすことが確認された点で、本研究によって対人コミュニケーションの理解を深めることができたと思われる。
 欺瞞認知への性差の影響としては、調節性が求められるような場面では、女性の方が欺瞞認知が低くなることが示唆された。話し手と受け手の関係がサークルの友人であるという条件であるシナリオにおいて、他とは異なる結果が得られた。このシナリオのみで性差によって欺瞞認知度が影響を受けていることを考えると、性差によって懸念的被透視感の影響が打ち消されたと考えられる。大学生にとってサークルは人間関係を育む場であり、友達と良好な関係を築くことは重要な事柄である。女性は調節的であるために欺瞞認知が低くなるという点から考えると、サークルでの欺瞞認知場面という状況では調節的であることが強く求められるために、性差によって違いが出たと考えられる。本研究では、対人コミュニケーションの相手との関係としての利害関係と調節的関係との違いや、調節性や損得勘定が喚起されるような場面の違いによって、欺瞞認知が影響を受けることが示唆された。互いの言動によって利害がもたらされる相互依存的な関係においての欺瞞認知と、相手の領域に積極的に踏み入れないことで和を保つような調節的な関係においての欺瞞認知は異なることが推測される。今後は、利害的・調節的状況における欺瞞認知や、利害や調節性に関する個人差変数と欺瞞認知との関係について検討していくことが必要であると考えられる。