自尊心の顕在尺度が持つ問題点の,sociometer理論の観点からの検討―Brief IATとの比較を通して―

樫原 潤

 他者からの受容という問題が自尊心に大きく関わっていることを示したsociometer理論の観点から従来の顕在的自尊心尺度を捉えると、他者との関係性を視野に入れて自尊心を定義していなかった点、自己有能感と自尊心を概念的に区別していなかった点という2点において、従来の顕在的自尊心尺度に問題があったことがわかる。これらの問題点を改善するものとして、自尊心の下位概念として「他者からの受容感」「自己への肯定感」を想定する新たな顕在的自尊心尺度を作成した。この新尺度を用い、自尊心尺度に関する2つの研究をおこなった。
 研究1では、大学生122名を対象として質問紙・ウェブサイトを利用したアンケート調査をおこない、新尺度が従来の顕在的自尊心尺度と比較して妥当性・有用性を持つかどうかを検討した。具体的には、第一に、従来の顕在的自尊心尺度の代表とみなせるRosenberg (1965) の自尊心尺度との弁別的妥当性を新尺度が持つという仮説のもと、公的自己意識・謙遜・自己有能感との相関関係を検討した。第二に、新尺度において想定した「他者からの受容感」「自己への肯定感」という自尊心の構造が適切であること、「他者からの受容感」がRosenberg (1965) の自尊心とは概念的に区別されるものであることの2つを実証するため、確認的因子分析によるモデル間の比較をおこなった。その結果、新尺度はRosenberg (1965) の自尊心尺度と非常に高い相関を示し (r = .83) 、さらに他尺度との相関という観点からは、新尺度の弁別的妥当性は確認されなかった。しかし、確認的因子分析によって、「他者からの受容感」「自己への肯定感」という相関を持つ2因子を新尺度の構造として想定するモデルの当てはまりが良いことと、「他者からの受容感」がRosenberg (1965) の自尊心とは高い相関を持ちつつも概念的に区別されることを想定したモデルの当てはまりが良いことが確認された。
 研究2では、大学生50名を対象とし、質問紙調査と従来のIATの簡略形式であるBrief IATとを実施することで、先行研究において顕在的自尊心と潜在的自尊心の間に高い相関が見られなかった原因を検討した。具体的には、従来の顕在的自尊心尺度の妥当性が低かったために本来あるべき顕在的自尊心と潜在的自尊心の高い相関が得られなかった、という先行研究ではほとんど妥当性が検討されてこなかった解釈に基づく予測として、新尺度ではRosenberg (1965) の尺度と異なり、潜在的自尊心の指標であるD 値との高い相関が得られること、Rosenberg (1965) の尺度についても他概念の影響を重回帰分析によって除けばD 値との強い関係性が見られることの2つを考え、顕在的自尊心と潜在的自尊心の関係についての分析をおこなった。その結果は、新尺度を用いてもD 値との有意な相関は得られず、Rosenberg (1965) の尺度を用いた重回帰分析についても予測モデル自体が有意とならないという、本研究の予測に反するものであった。
 研究1の確認的因子分析の結果は、「他者からの受容感」「自己への肯定感」という構造が自尊心の下位概念として妥当なものであることを示すものであった。こうした結果や、Rosenberg (1965) の尺度の問題点に関する考察から、自尊心の下位概念である「他者からの受容感」「自己への肯定感」を明確に区別して尺度化している新尺度が、自尊心尺度としての妥当性・有用性を持つものであることが示されたといえる。しかしながら、このように新尺度の妥当性・有用性が確認されたにも関わらず、本研究では他尺度との比較において新尺度の弁別的妥当性を示す結果が得られなかった。こうした結果が生じたのは、新尺度とRosenberg (1965) の尺度により測定された2つの自尊心の背景に、肯定的な概念に対する志向性の強さを表すpositive orientationという共通因子が存在したためであると考えられる。また、従来の顕在的自尊心尺度を改善した新尺度を用いても顕在的自尊心と潜在的自尊心の高い相関が得られず、従来の顕在的自尊心の問題点を統制した重回帰分析をおこなっても顕在的自尊心から潜在的自尊心を予測するモデルが有意とならなかったという研究2の結果は、従来の顕在的自尊心尺度の妥当性の低さが顕在的自尊心と潜在的自尊心の相関の不在を引き起こしていた、という解釈を反証するものだといえる。こうした先行研究であまり検討されてこなかった解釈を否定するような結果が得られたことで、顕在的自尊心と潜在的自尊心とが大きく異なる性質を持つものである可能性がより高まったといえる。
今後の課題としては、まず日本人の大学生以外を対象としても新尺度の妥当性・有用性が確認されるかを検討することが必要である。また、顕在的自尊心と潜在的自尊心が大きく異なるものである可能性が本研究の結果によって高まったことから、顕在的自尊心と潜在的自尊心が異なる原因を明らかにし、それぞれの自尊心が心理学的な持つ意味を明確化させることが今後の自尊心研究のためにより必要となったといえる。本研究には、分析の上で考慮した公的自己意識尺度や謙遜尺度が本研究の目的に適した尺度でなかったという問題点もあった。そのため、今後の研究において上記の課題に取り組む際には、こうした本研究で用いた尺度の改善も必要となる。