性別役割分担意識と男女共同参画社会化施策―心理学的アプローチの社会への還元―

太田 智子

 2011(平成23)年で、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」採択(1979(昭和54)年12月18日)から32年、1999(平成11)年に男女共同参画社会基本法制定からは12年となった。国際的な女子差別撤廃の動きに合わせて、わが国も法令・制度を整え、様々な課題と直面しながら男女共同参画社会を目指して進んでいる。内閣府(2010)によれば、現時点では日本の男女共同参画社会実現には6つの課題があるとされる。@固定的性別役割分担意識、A政策・方針決定過程への女性の参画、B就労の分野における女性の参画、C仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)、D相対的貧困率、E女性に対する暴力、である。
 これらの課題に、性別役割分担意識が通底している。その改善が最終的に目指すところであることが浮き彫りになる。本論文はまず、この性別役割分担意識が心理学的視点からどう説明されるかについて言及した。
 女性に対する差別や偏見の説明として、社会心理学では嫌悪モデルが伝統的に援用されてきた。もとはAllport(1954)が提唱したもので、偏見や差別は敵意と嫌悪に基づいた態度から生じるとするものである。しかし、現実場面では、女性に対して、「かわいらしい」「守るべき」など、ポジティブな評価が付されることがしばしばある。実際の研究でも、男性よりも女性によりポジティブな、あるいは男性と同程度にポジティブな特性が帰属されることが報告されている。この事実は、嫌悪モデルに基づいた考察のみでは説明することができない。
 そこで、嫌悪的態度として現れる偏見の対象を限定し、異なるベクトルの二種類の性差別によって、女性への偏見を説明したのが両面価値的性差別理論である。ステレオタイプが能力次元とあたたかさ次元から構成されることを踏まえ、非伝統的な女性では「有能」「冷たい」のステレオタイプが、伝統的な女性においては「無能」「あたたかい」のステレオタイプが活性化する。非伝統的な女性に対する嫌悪的な態度のことは敵意的性差別(hostile sexism)、伝統的な女性に対するポジティブ・好意的な態度のことは慈悲的性差別(benevolent sexism) と称される。非伝統的な女性を排除し、伝統的な女性に慈悲的な評価を下し、それによって社会における性別役割分担意識を機能・維持・持続させていると見られている。
 制度・態度・行動の元となる意識の改善と同時に、政策による支援や義務(または努力義務)化・目標化を進めるべきであることは、当然言うまでもない。そこで本論文では引き続いて、現行の政府の施策や試みについて、意識改革を主眼としつつ触れた。
 政府は、男女共同参画社会基本法に基づく中長期の施策の方向や短期の具体的施策を定めたものとして、男女共同参画基本計画を5年毎に閣議決定している。現在の諸政策の基盤である第2次男女共同参画基本計画は、2020(平成32)年までを包含する施策の長期的基本的方向と、2010(平成22)年度末までに実施する具体的施策から構成される。基本計画に従って施策の進捗状況を監視し、取り組みの強化などを勧告する機関として、男女共同参画会議が設置されており、下部機関である専門調査会の報告を元に施策の成果・影響を検討するという制度が構築されている。
 これらの統括的な組織のもと、就労・待遇・ワークライフバランスなどの多くの課題の根底にあるステレオタイプである性別役割分担意識を変えるべく、男女共同参画基本計画に基づいて、地方公共団体職員等への研修などによる周知・インターネット・ポスター・全国各地への相談窓口の設置・定期的な懇親会など、多様な媒体・手段を通じての広報・啓蒙活動が行われている。
 このように、男女共同参画社会基本法制定から12年、行政レベルでは基本計画を元に制度整備が行われてきた。しかし、冒頭で触れたように、現状としては未だ課題の多い状態である。例として、2010年に行改正育児・介護休業法が施行されたが、未だ男性の育児休暇取得率は低水準に留まっている。このような現況で、自治体の首長が育児休暇を取得する動きが2010年には見られた。また、2008年度より厚生労働省が発足させたワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトでは、知名度の高い企業が参加し、取り組みと成果をPRした。近年は、行政・立法レベルでの制度整備のみに留まらず、公人個人や私企業のアクションにより社会的気運を発展させようという試みの段階へと以降しているように推測される。トップダウンの制度設立のみではなく、個人の価値観にまで影響を及ぼそうとするこうした動きは、少なからぬ反発を生んではいるが、インパクトは否定できない。固定的意識や偏見を変革するために、大きな足がかりとなるだろう。こうした動きの加速が今後は考えられる。