ネガティブフィードバックが購買行動に与える影響

藤田萌

人々は様々な意思決定を行いながら生活しているが、その中でも最も頻繁に意思決定を行うものの一つは、ある商品・サービスを購入するか否かの意思決定であろう。その消費行動における意思決定のプロセスのうち、情報探索という段階に着目すると、探索する情報源は内部情報源と外部情報源に分類できる。消費者は内部情報源を探索した後、不足する情報を外部情報源を探索することで補うのである。外部情報源はさらに企業提供の情報と非企業提供の情報に分類できる。情報の内容という点では非企業提供の情報のほうが企業提供の情報より様々な内容を含んでいると考えられる。本研究では、非企業提供の情報が非商業目的であり、商品・サービスの悪い点を指摘しうることに注目した。
非企業提供の情報は、さらに発信者によって人的源泉と独立した源泉に分類できる。人的源泉の情報の代表例といえるクチコミはさらに内容によって正のクチコミ、負のクチコミ、中立のクチコミに分類することができる。本研究では、商品・サービスの悪い点を指摘しうる負のクチコミに注目した。
本研究では、負のクチコミを「ネガティブフィードバック」と呼ぶこととした。ネガティブフィードバックは発生機会が少ないため、発生した場合に消費者に大きな影響をあたえることが知られている。本研究では、そもそもクチコミ研究が少ないこと、ネガティブフィードバックの効果が大きいこと、ネガティブフィードバックに注目することによる社会的意義の3点から、ネガティブフィードバックが購買の抑制に与える影響について検証することとした。
以上より、次の7仮説を設定した。まず、ネガティブフィードバックを実際に受けたことのある人のほうが、受けたことのない人よりも購買を抑制するというものであった(仮説1)。次に、ネガティブフィードバックを受けた、または受けたと想定したとき、ネガティブフィードバックに対するメッセージとしての評価が高いほど、購買を抑制するという仮説が導出された(仮説2)。また、ネガティブフィードバックをすることによって相手が良いと思ったものを批判することになるため、ネガティブフィードバックには相手を嫌な気持ちにさせる側面がある。そこで、ネガティブフィードバックを受けた、または受けたと想定したとき、ネガティブフィードバックを受けたことによる心理的対人的影響が小さいほど、購買を抑制するという仮説が導出された(仮説3)。さらに、発信者への評価という観点から、ネガティブフィードバックを受けた、または受けたと想定したとき、一般的信頼が高いほど、購買を抑制するという仮説が導出された(仮説4)。ところで、安全マネジメントにおけるネガティブフィードバックでは、アドバイス型、指摘型の順に効果があり、不満型は効果がないという研究がある。そこで、ネガティブフィードバックを受けたとき、ネガティブフィードバックの内容は、不満型と比較するとアドバイス型、指摘型のほうが購買を抑制するという仮説が導出された(仮説5)。最後に、心理変数についても検討した。すなわち、ネガティブフィードバックを受けた、または受けたと想定したとき、探索に対するパーソナリティが低いほど、購買を抑制するという仮説(仮説6)と、ネガティブフィードバックを受けた、または受けたと想定したとき、自己選択否定度が高いほど、 購買を抑制するという仮説(仮説7)が導出された。実際にネガティブフィードバックを体験した回答者と想定して回答した回答者とでは購買抑制効果に差が見られる可能性があるため、ネガティブフィードバックを体験したことのある回答者とネガティブフィードバックを受けたことのない回答者を別々に分析した。

仮説を検証するため、東京都荒川区に住む20〜60代の男女を対象として郵送調査を実施した。有効回答者数はN=247であり、男性は118名、女性は129名であった。回収率は29.4%であった。平均年齢は48.7歳であり、標準偏差は13.80であった。
調査した変数は、購買結果、ネガティブフィードバックの経験の有無、ネガティブフィードバックの内容、ネガティブフィードバックに対するメッセージとしての評価、ネガティブフィードバックを受けたことによる心理的対人的影響、一般的信頼、追求尺度、後悔尺度、購買関与、性別、年齢であった。

仮説を検証する順序ロジット回帰分析を行った。その結果、ネガティブフィードバックを受けたことのある人のほうが受けたことのない人より購買を抑制すること、ネガティブフィードバックに対するメッセージとしての評価が高いほど購買を抑制すること、ネガティブフィードバックの内容はアドバイス型のみ購買を抑制することがわかった。すなわち、仮説1、2、5は支持されたが、仮説3、4、6、7は支持されなかった。

仮説3が支持されなかった理由として、回答者が社会的望ましさに影響されて回答を歪めてしまった可能性を指摘した。仮説4が支持されなかった理由として、一般的信頼の尺度構成に問題があったこと、および一般的信頼ではなくネガティブフィードバック発信者への信頼を測定する必要があった可能性があることを指摘した。仮説6、7が支持されなかった理由として、探索に関するパーソナリティも自己選択否定度も消費行動に関連した項目を使用する必要があった可能性があることを指摘した。
その他には、一部の回答者において年齢が高いほど購買を抑制する効果が示された。情報処理能力などが媒介している可能性があり、今後の研究で検討すべきだと考えられた。
本研究の課題として、サンプルの数、尺度の妥当性・信頼性、ネガティブフィードバックに対するメッセージとしての評価に関して、一般的信頼の測定について、年齢が購買の抑制に与える効果について、の5点を指摘した。

結論として、ネガティブフィードバックという対人コミュニケーションの威力の強さ、そして中でも強い効果を持つネガティブフィードバックの種類が明らかになったと言えた。現在の企業活動ではクチコミの促進的側面にしか焦点が当てられていないが、今後企業は本研究を含めた知見を参考に、ネガティブフィードバックについてもより注目すべきであると考えられた。また、学術的研究においてもネガティブフィードバックに関する知見は少ないため、今後の研究によって知見を充実させ、消費行動のメカニズムをより明らかにすることが重要であると考えられた。