飯塚正樹
古くから人々の関心をひき、東日本大震災で再び盛り上がりを見せた「災害と文化」の関連性を考察した。先行研究としてGelfand et al.(2011)の、「文化の窮屈さ」がその文化圏内の災害の多さと正の相関をもつという概念を引用し、またその文化の窮屈さが山岸(1998)の説く、文化によって異なるコミットメント関係期間の長短とも相関するとの類推から、文化の窮屈さは災害の頻度およびコミットメント関係期間の長短に影響されるという仮説を立てた。このような文化の変容を観察する方法として、マルチエージェント・シミュレーションによる繰り返し囚人のジレンマ(IPD)を採用した。 具体的には、二次元空間のフィールド上においてIPDによって利得を増減させる、様々な戦略を持つエージェントが、その利得に応じて別のエージェントを生んだり、消滅したりするモデルを作成し、フィールド上において多数派となる戦略の種類を文化と解釈した。またそのモデルにおいて一定確率で複数のエージェントの利得が減少するイベントが発生するプログラムを設定して災害の効果として表現し、エージェント同士が2者の固定的な囚人のジレンマ(PD)をする回数をコミットメント関係期間として表現した。これらの確率と回数との場合分けによってできた複数の状況において、フィールド内で支配的になる戦略の数を観察した。結果、短期的コミットメント社会は、信頼のおけない人々を排除するために生まれ、そうした社会では規範を厳しくしてまで嫌な相手と長く付き合う必要がないため規範は緩くなった、また長期的コミットメント社会は災害の多さに対して利得を守るのに適応的であるため発展し、そうした社会は信頼のおけないような人々にとっても居心地のいい社会であるためそうした人々の数が増え、それらの人々の裏切りを抑制するため窮屈な文化が生まれた、などの示唆が得られた。また、シミュレーションという研究手法から、不安が喚起されると親和動機が高まり、長期的コミットメント関係を求めるという、個人の心理的事象に関して知見が得られることが示唆され、心理学研究における新たな視点を提供できた可能性があった。今後はイベントの発生確率やエージェントの出生率などの様々な変数を変化させたモデル、また災害と文化の関連性をより明瞭に表現するために、PDの回数もエージェント自身に支配させ、短期的/長期的コミットメント関係を好む人間を表現し、どの戦略・回数を持つエージェントが、利得減少イベントに対して適応的なのかを観察するモデルなどが想定された。