正木郁太郎
集団規範と集団主義の関係性について言及がなされる場合、一般的に集団主義は集団規範に対する同調行動と関連付けて言及がなされることが多い。つまり、集団主義的な人は集団規範に対して同調を示すものであると定義の上でも(e.g.,
Triandis, 1991)、実験的研究の上でも(e.g., Bond & Smith,
1996)考えられている。また、こうした研究結果を受けて、経営学を中心とする他領域における研究(e.g., 戸部・寺本・鎌田・杉之尾・村井・野中,
1991)、あるいは社会的な通念として、集団主義的な人は常に集団規範に対する同調行動を志向するものとされてきた。つまり、集団を危機に陥らせるような集団規範が存在する組織不祥事のような状況においても、集団主義的な人は同調行動を好み、結果として不祥事や失敗の温床となるという通念が存在するのである。
しかしながら、集団規範と同調行動に関する実証的な先行研究においては、問題となる葛藤は主に対人葛藤に限られたものである。そして、社会的な通念において言及がなされるような、集団にとって問題となるような集団規範に対する同調行動と集団主義を直接関連付けた実証研究は、著者の知る限りでは存在しない。
こうした集団的な葛藤状況においては、対人葛藤と比較すると、行動の基準として「集団にとって好ましい規範かどうか」という向集団的側面が重視され、「自分にとって好ましい規範か」という利己的側面が重視される対人葛藤とは性質が異なる。そのため、こうした局面においては、その定義のうちに集団の関係性に対する配慮と同時に集団目的の重視も含む集団主義は、集団目的の侵害を導くような単純な同調行動と必ずしも結び付くものではないことが予想される。
そこで本研究においては、従来の集団主義研究においては明示的に検討されなかった、集団目的にとって好ましくない規範に対する同調・非同調行動と集団主義の関係性について、関係性に対する配慮と目的の達成を同時に可能にする集団コントロールの理論(Yamaguchi,
2001)を援用し、以下のような仮説設定のもと、質問紙を用いたシナリオ実験によって検討を行った。
仮説1-a. 集団規範が集団にとって好ましくないとき、集団主義的な人は、コントロールの放棄・直接コントロールよりも集団コントロールを好む。
仮説1-b. 同状況において、集団主義的な人はそうでない人よりも集団コントロールを好む。
仮説2-a. 集団規範が自分一人にとって好ましくないとき、集団主義的な人は、直接・集団コントロールよりもコントロールの放棄を好む。
仮説2-b. 同状況において、集団主義的な人はそうでない人よりもコントロールの放棄を好む。
仮説3-a. 集団規範に問題が無いとき、集団主義的な人は、直接・集団コントロールよりもコントロールの放棄を好む。
仮説3-b. 同状況において、集団主義的な人はそうでない人よりもコントロールの放棄を好む。
実験は92名の大学生・大学院生を対象に行われ、第一週目に質問紙上で集団主義尺度に回答を求め、第二週目にシナリオ実験からなる質問紙に対する回答を求めた。このシナリオにおいては、ある集団規範が集団にとって好ましくないものであるか、自分一人にとって好ましくないものであるか、問題が無いものであるかを操作し、当該シナリオにおける規範に対する複数のコントロール行動がどの程度自分の考えにあてはまるかを質問した。シナリオは3つ(サークル・アルバイト・友人集団)用意され、実験参加者はいずれかの条件の3つのシナリオを読んだ。実験条件(3水準)と集団主義の高低(2水準)の被験者間2要因、およびコントロールの種類(コントロールの放棄・直接コントロール・集団コントロール)の被験者内1要因の混合3要因の分散分析の結果、以下のような結果が得られた。サークルに関するシナリオにおいては仮説2-aおよび仮説3-bを除く仮説が支持された。そして友人集団に関するシナリオにおいては、仮説1-bおよび3-a、そして仮説3-bが支持された。
このことから、集団主義は必ずしも従来考えられてきたように集団規範に対する盲目的な同調を導くものではなく、集団規範が集団自体にとって好ましくないものである場合には、「集団全体で問題に向かうように仕向ける」という集団コントロールによって集団規範に対し変革の動きを見せる可能性が示唆された。これは社会的通念として考えられてきた、集団主義と同調行動の恒常的な関係性に関する予測を覆すものであり、集団主義は集団コントロールによる問題解決という固有の非同調行動と関連するものであることを意味していると考えられる。しかしながら、すべてのシナリオにおいて仮説が支持されたものではないことから、どのような集団あるいは組織において仮説が支持されるのか、あるいはどのような規範について仮説が支持されるのかなどといった点についてさらに検討を行う必要があると考えられる。