宮田彩香
振り込め詐欺の被害は件数、被害総額ともに社会的に大きな問題となっており、主な被害者層である高齢者の数が増えていくことを考慮すると、今後も深刻な被害状況が続くと考えられる。振り込め詐欺被害防止については高齢者の認知機能に焦点を当てた研究がなされているが、振り込め詐欺の被害者は20〜50代も含まれるため、若年層の認知メカニズムの検証も必要である。本研究ではポジティヴな出来事の将来の自分への発生確率を他人より高く、ネガティヴな出来事の将来の自分への発生確率を他人より低く予測する過度に楽観的なバイアスと、情報処理に利用可能な認知資源量という2つの変数が嘘検出能力に与える影響を検討し、振り込め詐欺被害防止のための心理学的アプローチを探索することを目的とした。
本研究では
理論仮説1 嘘検出能力は認知資源量の影響を受ける
理論仮説2 過度に楽観的なバイアスは嘘検出能力に与える認知資源量の影響を調整する
理論仮説3 過度に楽観的なバイアスが強い人は嘘検出において楽観的な錯覚を起こしやすい
という理論仮説を設定し、理論仮説に基づいて
作業仮説1 認知負荷をかけられる群は、認知負荷のない群に比べて、音声刺激の正偽判断における正答率が低い
作業仮説2 過度に楽観的なバイアスが強いと、認知負荷をかけると音声刺激の正偽判断の正答率が低下するが、バイアスが弱いと認知負荷をかけられても正答率が低下しない
作業仮説3 過度に楽観的なバイアスが強いと、主観的な正答率を高く見積もる
という作業仮説を設定した。仮説に基づいて2011年11月〜12月に東京大学の学生を中心とした都内在学の大学生・大学院生65名を対象として実験室実験を実施し、得られたデータについて2要因分散分析を行った。
その結果、過度に楽観的なバイアスが弱い群においてのみ、事実を話している音声刺激の正偽判断において認知負荷による正答率の低下がみられたこと、嘘を話している音声刺激の正偽判断については過度に楽観的なバイアス、認知資源量いずれの効果もみられないこと、過度に楽観的なバイアスが強い群は音声刺激の正偽判断の主観的な正答率を有意に高く見積もることが明らかになった。今後は過度に楽観的なバイアスの測定方法の再検討や嘘を話している音声刺激の改良とともに、振り込め詐欺被害の防止のために「人間がみな過度に楽観的なバイアスを持つ存在であり、誰もがだまされうる可能性を持っている」という人間観を浸透させる具体的な策を模索していく必要があると考える。