武井恵亮
他者の行為が意図的になされたものかどうかに関する意図性の判断は、当該行為がもたらした結果に対する評価や、非難・懲罰などの反応と密接に関係しており、対人認知において重要な意味を持っている。これまで、意図性判断と非難や責任の帰属といった道徳判断との関係においては、意図性判断が道徳判断に先行する「意図性判断→道徳判断」という方向のモデルが想定されてきた。しかし、Knobe(2003)をはじめとする近年の行為の副作用に関する研究では、副作用の道徳性が意図性判断に影響を与える「道徳判断→意図性判断」という方向のモデルが存在し得ることを示唆する結果が示されている。この知見は、意図性判断と道徳判断の関連についての研究にとって大きな意味を持っているが、現在のところ、日本ではこれについての実証的研究は行われていない。
そこで、本研究では、副作用効果と呼ばれるこのKnobe(2003)の知見が、使用言語や参加者の所属する文化を越えて得られ、一般性を持つ現象であると確認することを第一の目的として、日本人を対象にして日本語を用いた実験でその研究を追試した。加えて、行為者の主作用の目的を操作し、副作用効果の意図性判断に行為者に対する印象が及ぼす影響についても検討した。また、「意図的」という言葉には、結果をもたらすことを志向していたという“目標的意図”と、結果がもたらされることを知っていたという“信念的意図”という2つの意味が含まれており、そのような「意図的」という言葉の曖昧さによって副作用効果が生起している可能性についても検討した。
平成23年12月に東京大学を中心とした東京都内の大学生・大学院生102名を対象に、副作用の道徳性(善・悪)×主作用の目的(ポジティブ・ネガティブ)の2要因被験者間計画で、シナリオを用いた質問紙実験を行った。参加者は、副作用の道徳性と行為者の主作用の目的を操作したシナリオを読み、質問紙に回答した。
分析の結果、先行研究と同様に、副作用が道徳的に善である場合より道徳的に悪である場合の方が、当該の副作用は行為者によって意図的に引き起こされたと判断されていた。また、副作用が道徳的に悪である場合に受けるに値すると判断された非難は、副作用が善である場合に受けるに値すると判断された賞賛より大きいことが示された。これらは先行研究の知見と一致しており、副作用効果は使用言語・参加者の所属する文化に関わらず生起することが確かめられたといえる。
行為者の印象による意図性判断の影響は確認されなかったが、これは主作用の目的を変えることによって行為者に対して異なる印象を生起させようとした操作の効果が弱かったことに原因がある可能性が考えられる。また、副作用の道徳性は、「意図的」という言葉に含まれていると考えられる、目標的意図と、信念的意図のいずれの意味に対しても影響を与えることがわかった。このことから、参加者が目標的意図と信念的意図のどちらに注目するかの違いによって副作用効果が生起している可能性は小さいと考えられる。
以上のように、副作用効果は使用言語・参加者の所属する文化に限定されず、一般性を持つ現象であることが確かめられた。副作用効果の生起メカニズムについては現在様々な仮説が提唱されており、議論が続いている。今後は、その生起メカニズムを明らかにしていくことが求められるだろう。