田中暁子
先行研究と目的
我が国における未曾有の大災害である東日本大震災は甚大な被害をもたらしたが、こうした状況の中被災地や被災者に対して多くの支援が寄せられた。援助行動についての先行研究では、社会的スキル、共感経験、援助行動経験(松浦、2006)、規範(栗田、2001)、原因帰属、感情、親交度(小嶋、1983)、自己効力感、ボランティアイメージ(河内、2004)など様々な規定因が提唱されているが、研究間で一貫した結果は得られていない。これは研究間で援助状況や母集団が違うことが考慮されていないためであると考えられる。本研究ではこれまでの援助行動研究と東日本大震災に特徴的な条件を踏まえ、東日本大震災の被災者に対する援助行動の生起要因を明らかにすべく、2011年10月に大学生230人を対象に調査を行った。本研究では、大きく3つの事柄について調べた。
研究目的
@被災者に対する共感的な感情に対して影響を与えるものとして曖昧さに対する否定的な態度、曖昧さに対する肯定的な態度、SNSの利用、社会規範、援助規範を想定した。また、援助行動を促進するものとしてそれぞれの尺度と被災者に対する共感的な感情を想定し、パス解析によって影響を調査した。
A援助行動経験者は、援助行動の動機の構造における「援助への合理的認知判断」「援助・被援助経験」「非援助出費・援助報酬の期待」「被援助者との関係」それぞれがどのように援助行動経験に影響しているのかを調査した。
B共感経験に基づく両向型、共感型、不全型、両貧型の4類型では援助行動経験にどのような違いがみられるのか調査した。
援助行動の様相
本研究では、救援物資の送付、被災地の製品の購入、チャリティー品の購入、チャリティーイベントへの参加、献血、被災地支援ボランティアへの参加、募金、義援金の振り込みの8つの援助行動を対象としたが、募金以外の援助行動経験はいずれも行ったことがない人が最も多かった。大学生の東日本大震災の被災者に対する援助行動は、募金が中心となっていることがうかがえる。
仮説の検証結果
@について 分析の結果、援助規範、社会規範を内包しているほど被災者に対する共感的な感情を促進し、曖昧さに対するネガティブな態度が被災者に対する共感的な感情を抑制することが示唆された。また被災者に対する共感的な感情を持っているほど、曖昧さに対するポジティブな態度を持っているほど、援助規範を内包しているほど援助行動が促進され、社会規範を内包しているほど援助行動経験が抑制されることが示唆された。また曖昧さに対するネガティブな態度も援助行動を促進する傾向を示した。Aについて 援助行動経験者のみを対象とした援助行動の動機の分析では、重回帰分析の結果、援助への合理的認知判断をするほど、好ましい援助・被援助経験を持っているほど援助行動が促進され、非援助出費・援助報酬の期待があるほど援助行動が抑制されることが示唆された。Bについて共感経験の4類型は援助行動経験に対して明確な弁別性を示さなかったが、共感性が援助行動の生起に影響を与えることは示唆された。
全体的に、援助行動の生起は援助者本人の感情や経験、考え方の影響であると示唆された。つまり、援助行動を強制するような社会の雰囲気に流されたのではなく、援助者個人が持っている内的な要因によって援助行動を行った人が多かったといえる。これは援助を必要とするような状況においては、それを強制するのではなく援助者の感情に訴えかけるような方法が効果的である可能性を示唆している。援助者がそのような感情を持てるように、援助を行った後に援助がどのように働いたか、被援助者は援助によってどのような恩恵を受けたのか、自らの援助行動の帰結を援助者もまた知らされる必要があるだろう。援助の結末や被援助者からの感謝を知ることで、援助規範が強化されたり援助に対する印象がよくなり、援助行動の継続や異なる場面での援助行動の生起につながる可能性がある。
本研究の問題と改善方法
問題点としては、大学生を対象としており、特殊な母集団となっていたことが挙げられる。改善点としては、大学生に限らない幅広い世代を対象として研究を行うことが挙げられる。また本研究において社会的規範や非援助出費・援助報酬の期待が逆の結果となったが、これらについて尺度の見直しを行うことが挙げられる。また、対象とする援助行動について、本研究では一過性の援助行動のみについて扱った。しかし震災の復興は始まったばかりであり、援助や支援を継続する必要がある。援助の継続に影響を与える要因についても研究を進めることが必要である。
また、本研究では援助行動ごとにその生起要因を探ることはできなかった。個々の援助行動の生起要因についても検討することで、震災における援助行動研究がより精緻なものとなると考えられる。