類似性の認知および視点取得が援助意図に与える効果の検討

山田千尋

 人々が援助行動を行うことを説明するモデルについては、これまでに様々な研究がなされ、理論づけされてきた。本論文では、その中でも、「他者を助けるのはそれが自分のためになるから」という利己的な側面からではなく、他者が援助を必要としていることを知りその他者に対する共感が喚起されると、その他者の苦境を緩和することを目的として援助を行うよう動機づけされるという、共感‐利他主義による説明に焦点を当てた。また、これに対して、共感ではなく、他者との個人的同一視の共有つまり同一性の知覚によって援助の可能性が高まるという主張があり(Maner et al, 2002)、この考え方によれば、他者に対する共感が援助意図を高めるということも、この同一性の知覚による影響によって説明できるという。そこで、本研究では、他者との同一性の知覚とがどのように援助意図に影響を与えるのかを検証したうえで、そのプロセスにどのように共感が影響を及ぼすのかを解明することを目的とした。本研究の理論仮説は、「他者との同一性を知覚することが援助意図に影響を与えるが、そのプロセスの中で共感が援助意図に影響を与える」というものであった。
 本研究ではまず、パースペクティブテイキングおよび個人特性の類似性の操作が同一性の知覚を高め、その結果援助意図が高まるという仮説の検証を行ったのち、これらの要因が共感とどのように関連するのかについて検討を行った。共感の関連については、パースペクティブテイキングおよび援助要請者との類似性が共感を高め、その結果援助意図が高まるという仮説を検証することによって先行研究での主張が支持されるかどうかの検討を行ったのち、同一性の知覚が援助意図に影響するプロセスの中でどのように関連するのかの検討を行った。ここでは、同一性を知覚することによって共感が高まり、その結果援助意図が高まるという仮説を立て検証を行った。
 平成22年10月中旬から約1か月間、東京都において東京大学の学生・大学院生を対象に、他者の視点取得2(PT群・統制群)×自己と他者の類似性2(高群・低群)の2要因被験者間計画でシナリオを用いた質問紙実験を行った。
 分析の結果、教示文およびシナリオを用いてパースペクティブテイキングおよび援助要請者との類似性を操作しても、援助要請者に対する個人同一視および共感、援助意図は影響を受けないということが示され、先行研究による指摘とは一致しない結果が得られた。一方、自己報告によって視点取得および類似性の認知の測定を行い同様に、上述の仮説について検証を行ったところ、これらの要因が援助要請者に対する個人同一視や共感、援助意図を高めるということが示され、仮説が支持された。これは、先行研究の指摘と一致していたと言える。この一見矛盾した結果は、操作の効果が弱かったという可能性、つまり内的妥当性が低かった可能性や、測定した変数の相違などの理由によって説明可能である。
 さらに、この分析結果から、援助要請者との関係性の認知が援助意図にいかに大きな影響を与えるかが指摘できるだろう。というのも、「視点取得を行ったと回答するほど、そして、類似性が高いと回答するほど援助意図が高まった」ということは、すなわち、「援助要請者の立場に立ったと認知しているほど、そして、援助要請者と自らが似ていると感じるほど援助意図が高まる」ということであり、つまりは、援助要請者との関係を身近に感じるほど、援助意図が高まったということを示しているからである。
 また、分析の結果、援助要請者の視点に立って考えたと認知するもしくは援助要請者と類似していると感じると、その援助要請者との個人同一視が高まるということ、そして、個人同一視が高まることで共感感情が高まり、その結果援助意図が高まるということが示された。つまり、援助要請者との同一性の知覚が援助意図を高めるプロセスにおいて共感感情が援助意図に影響を与えるという心的過程が明らかになった。ゆえに、共感を高める操作として用いられたパースペクティブテイキングが援助意図を高めるという先行研究の主張に対し、パースペクティブテイキングが共感だけでなく他者との個人的同一視を高めるという効果を持ち、共感ではなく実はこの同一視が援助意図を高め、そのプロセスの中で共感が援助意図を高めているということを明らかにした点に、本研究の意義があると言えるだろう。