東日本大震災の被災者認知―認知基盤と共感の交錯から―

山崎洋輔

東日本大震災は甚大な被害をもたらし、援助行動が活発に行われた。他方、同じ切り口で被災者が取り上げられることで、被災者が一つのイメージに収斂している可能性があった。これは野田(1995)が指摘した、被災者個々が無力化し「被災者役割」に押し込められている状況であろう。

先行研究によると、ステレオタイプは曖昧さに対する寛容さ、視点取得、情緒的共感によって緩和される。しかし、被災者には共感が集まりやすく、情緒的共感が彼らに対するステレオタイプを強化する可能性は高い。それは、逆に被災者ステレオタイプが情緒的共感を媒介にした結果として、援助行動が活発化した可能性からも示唆される。

そこで、本研究では、被災者ステレオタイプの背景にあると思われる、認知基盤と情緒的共感の交錯について検討する。被災者ステレオタイプは事前調査を元に構成し、また、情緒的共感の影響を明確にするため、被災地・被災者認知の画一性という尺度(=状況の差異を4件法で尋ねる ex.被害状況、健康状態)も作成した。認知基盤は曖昧さへの態度と視点取得、情緒的共感は共感経験と被災者への共感感情を指すものとする。以上から、認知基盤、及び情緒的共感は被災地・被災者認知の画一性を弱めるが、被災者ステレオタイプは、認知基盤が弱め、情緒的共感が強化する、と仮説した。被災者ステレオタイプを巡る構造的な研究が皆無であったため、本研究の最終目的は、被災者認知モデルを構築することであった。

なお、事前調査の回答者の大半は、被災者を「太平洋沿岸地域の直接的被害者」と想定していたため、本研究も同様の定義に倣うとする。
 
調査は2011年10月28日に、都内私立大学の学生230名を対象に質問紙にて行った。

重回帰分析の結果、被災地・被災者認知の画一性には認知基盤も情緒的共感も負の影響を与えるが、被災者ステレオタイプには認知基盤が負の影響を、情緒的共感が正の影響を与えることがわかった。ただし、視点取得の下位因子である視点共存は、情緒的共感と類似性が高く同様の働きをもっていた。また、被災者ステレオタイプを「被災者の気持ち」と「被災者の状況」に因子分解すると、認知基盤が前者のみに、情緒的共感が後者のみに影響を与えていた。これは、被災者を傷付ける可能性という視点で読み解くことができると考えられる。すなわち、被災者を傷付けるかもしれない被災者イメージを回避するため、「被災者の気持ち(かわいそうetc)」には認知基盤が影響を与える。他方、相手を傷付けにくいと思われる「被災者の状況(互いに助け合っているetc)」は共感しやすいため、共感の影響が高まり認知基盤の影響を打ち消す。

したがって、被災者ステレオタイプを巡って認知基盤と情緒的共感が交錯する理由は、以下の3点であると考えられる。
 1) 認知基盤の影響は安定しているが、情緒的共感は被災者を傷付ける可能性に左右される
 2) 被災者を傷付ける可能性は、被災地・被災者認知の画一性が低く、被災者ステレオタイプが高い
 3) しかし、被災者ステレオタイプは、情緒的共感を集めやすい

また、援助行動を従属変数として、被災者ステレオタイプと被災者への共感感情の効果を追加分析した。その結果、小さい効果ではあるものの、被災者ステレオタイプの援助行動への直接効果と、被災者への共感感情を媒介とした間接効果が見られた。この効果が援助行動の活発化の背景にあるならば、上記の結果と合わせ、情緒的共感と被災者ステレオタイプの正の因果関係が示唆される。

ところで、本研究では、調査対象者と被災者の関係性について適切にデータを回収できなかった。回収分では調査対象者と被災者の関係性は稀薄であったが、今後は適切な調査デザインを組むことによって、より客観的な被災者認知モデルを模索する必要があるだろう。